本シリーズの第1部では、電子システムのノイズ、標準的なシグナル・チェーンでのノイズの原因、アナログ-デジタル・コンバーター(以下、ADC)の固有ノイズ、高分解能ADCと低分解能ADCの違いについて解説しました。

第2部では、以下のようなトピックを取り上げて、基本的なADCノイズの説明をしたいと思います。

  • ADCノイズの測定
  • ADCのデータシートにおけるノイズ仕様
  • 絶対ノイズパラメータ-と相対ノイズパラメータ-の比較

ADCノイズの測定

テキサス・インスツルメンツでのADCノイズの測定方法について説明する前に、ADCのデータシート仕様書を見るときは、システムではなくADCの特性を明らかにするのが目標であると理解することが重要です。そのため、ADCノイズのテスト方法、およびテスト・システムそれ自体は、テスト・システムの限界ではなく、ADCの機能を実証するものになるはずです。したがって、異なるシステムや条件でADCを使用すると、データシートに記されているものとノイズ特性に違いが出る可能性があります。

ADCノイズの測定には2通りの方法があります。1つ目の方法では、ADCの入力同士を短絡させて、熱ノイズによる出力コードのわずかな変動を測定します。2つ目の方法では、決められた振幅と周波数(1kHzで1VPPなど)を用いて正弦波を入力し、ADCで正弦波をどのように量子化したかを示します。図1は、これらのノイズ測定方法を示したものです。

(a)                                                                        (b)

1:入力短絡テスト構成(a)と正弦波入力テスト構成(b

通常は、目的のエンド・アプリケーションに応じて個々のADCのノイズ測定方法を選択します。例えば、温度や重量といった動きの遅い信号を測定するデルタ-シグマADCには、DCでの性能を正確に測定する入力短絡テストを使用します。高速データ収集システムのデルタ-シグマADCでは、AC性能が重要であり、一般的に正弦波入力方式を使用します。多くのADCで、データシートに両方の測定が規定されています。

例えば、TIの24ビット『ADS127L01』は、512kSPSの最大サンプリング・レートと、テストおよび測定機器用の高分解能AC信号サンプリングを可能にする通過帯域リップルの低い広帯域フィルタを備えています。その結果、複数のサンプリング・レートでの一連のAC入力信号に対するADCの性能だけでなく、入力短絡テストを使用した『ADS127L01』のDC性能も評価されます。

ADCのデータシートにおけるノイズ仕様

『ADS127L01』のデータシートを見るとわかると思いますが(どのADCのデータシートでもかまいませんが)、ノイズ特性について図と数値の2通りの方法で記されています。図2に、振幅-0.5dbFS、周波数4kHzの入力正弦波を使った、『ADS127L01』のノイズ特性の高速フーリエ変換(FFT)を示します。この図から、信号対雑音比(SNR)、全高調波歪(THD)、信号対雑音比+歪(SINAD)、有効ビット数(ENOB)などの重要なACパラメータを計算して記載します。

 24kHz-0.5dBFSの入力信号による『ADS127L01』FFTの例

DC性能については、特定のゲイン設定、フィルタの種類、およびサンプル・レートでの出力コードの分布がノイズ・ヒストグラムで表されます。この図から、入力換算ノイズ、有効分解能、ノイズフリー分解能などの重要なDCノイズパラメータを計算して記載しま�����(注���ADCのDC性能について説明するときに「ENOB」と「有効分解能」を同じ意味で使用するエンジニアが多くいます。しかし、ENOBはSINADから得られる純粋な動的特性仕様であり、DC性能を伝えるものではありません。本シリーズでは今後、これらの用語をそれぞれの意味で使用します。より包括的なパラメータ定義と式については、表1を参照してください。)

図3に、『ADS127L01』のノイズ・ヒストグラムを示します。

 図3:『ADS127L01』のノイズ・ヒストグラムの例

FFTの図と同様に、DCノイズ特性について重要な情報をノイズ・ヒストグラムが視覚的に表します。ノイズ・ヒストグラムはガウス分布をしているので、平均(二乗平均平方根:RMS)ノイズ特性���定義は通常、1標準偏差です(図4aの赤で塗りつぶした部分)。

図4bの青で塗りつぶした部分は、ADCのピーク・ツー・ピーク(VN,PP)ノイズ特性を表します。ピーク・ツー・ピーク・ノイズは、ガウス・ノイズの波高率(ピーク値と平均値との比)により、6または6.6標準偏差として与えられます。ピーク・ツー・ピーク・ノイズは、測定されたノイズがこの範囲になる統計的確率を定義します。入力信号がこの範囲にあると、ノイズフロアによって隠されてコードがちらつく可能性があります。追加のオーバーサンプリングは、より長いサンプリング時間を犠牲にしてもピークノイズを減らすのに役立ちます。

 4『ADS127L01』 RMSのノイズ(a)とピーク・ツー・ピーク・ノイズ(b

前述のACおよびDCの仕様はADCデータシートの電気的特性のセクションにも数値で記載されています。この規則の例外には、ノイズ性能がデータレートと同様に利得によっても変化する、内蔵アンプ付きADCが含まれます。このような例では、一般的に、入力換算ノイズ(RMSまたはピーク・ツー・ピーク)、有効分解能、ノイズフリー分解能、ENOB、SNRなどのパラメータ用に個別のノイズテーブルがあります。

表1は、ACおよびDCのノイズパラメータ、およびその定義と式をまとめたものです。

ノイズパラメータ 定義 Equation (units)
入力換算ノイズ ADCの入力ピン(ゲインの前)に印加されるノイズ電圧源として規定された、ADCの分解能または内部ノイズ(+内蔵デバイス用のプログラマブル・ゲイン・アンプ[PGA]ノイズ)。
有効分解能 フルスケール範囲(FSR)とRMSノイズ電圧との比を使用してADCのノイズ特性を定義するダイナミック・レンジ性能指数。  
ノイズフリー
分解能
 ピーク・ツー・ピーク・ノイズの影響を受けない最大ビット数を定義するために FSRとピーク・ツー・ピーク・ノイズ電圧との比を使用したダイナミック・レンジ性能指数。  
ノイズフリー・
カウント
ノイズで実現できるノイズのないコード(またはカウント)の数を表す性能指数。  
ENOB SINADの性能を特定のビット数(ENOBにより得られる)を持つ理想的なADCの分解能の性能と関連付ける性能指数。  
SNR 高調波やDCは含まない出力ノイズ・レベルと出力信号振幅との比率。  
THD 合算された高調波とRMS信号振幅との比として与えられる、信号の高調波成分への影響に関する回路の線形性の指標。  
SINAD DCを含まない、他のすべてのスペクトル成分のRMS値に対する出力信号のRMS値の比。

表1:標準的なADCノイズパラメータの定義と式

絶対ノイズパラメータと相対ノイズパラメータの比較

表1で示したすべての式について重要な特徴は、なんらかの値の比が含まれることです。これらを「相対パラメータ」と定義します。この名前でわかるように、これらのパラメータは、ある絶対値に対する相対値としてのノイズ特性指標を表します。ここでの絶対値は通常、入力信号(キャリアに対するデシベル[dBc])またはフルスケール範囲(フルスケールに対するデシベル[dBFS])です。

図5に、-0.5dBFSの入力信号を使用した『ADS127L01』の出力スペクトルを示します。この場合フルスケールは2.5Vです。同じフルスケール電圧を基準としないシステム入力信号を選択する場合、または入力信号振幅がデータシートで定義されている値と異なる場合は、それ以外の入力条件が同じだとしても、必ずしもデータシートどおりの性能が得られるとは期待できません。

 図5:フルスケールを基準とする入力電圧(VIN)での『ADS127L01』のFFT

同様に、DCノイズパラメータについては、表1から与えられた動作条件、およびADCのFSRのときに、有効分解能はADCの入力換算ノイズ性能に関連することがわかります。FSRはADCの基準電圧に依存するため、データシートで使用されるものと異なる基準電圧を使用すると、ADCの性能指標に与えます。

高分解能ADCでは、基準電圧が増加すると、最大入力ダイナミック・レンジが増加しますが、入力換算ノイズは変化しません。これは、高分解能ADCノイズ特性が基準電圧にほとんど依存しないためです。最下位ビット(LSB)サイズによって支配される低分解能ADCの場合、入力ダイナミック・レンジはほぼ同じままで、基準電圧を上げると実際に入力換算ノイズが増加します。表2は、これらの効果をまとめたものです。

基準電圧

パラメータ

低分解能ADC

高分解能ADC

増加

ダイナミック・レンジ

変化なし

増加

入力換算ノイズ

増加

変化なし

減少

ダイナミック・レンジ

変化なし

減少

入力換算ノイズ

減少

変化なし

2ADCノイズパラメータに対する基準電圧の変化の影響

したがって、ADCの最大ダイナミック・レンジを規定するために、ほとんどのADCのメーカーはFSRが最大であると想定して有効分解能とノイズフリー分解能を規定します。つまり言い換えると、最大FSR(またはメーカーがADCの規定に使用した特定のFSR)を使用しないシステムの場合は、データシートで規定された有効分解能やノイズフリー分解能の値を達成することを期待できません。

データシートのノイズが2.5Vの基準電圧を使って規定されているADCで1Vの基準電圧を使うことによってこの点を説明しましょう。引き続き『ADS127L01』を例にします。図6に示すように、超低消費電力(VLP)モードで2.5Vの基準電圧と2kSPSのデータレートを使用すると、入力換算ノイズが1.34µVRMS、有効分解能が21.83ビットになることがわかります。

 図6:『ADS127L01』のノイズ特性:低レイテンシ・フィルタ、AVDD = 3V、DVDD = 1.8V、VREF = 2.5V

しかし、1Vの基準電圧を使用するとFSRが2Vに減少します。この値を使用して、式1で与えられる新しい予想有効分解能(ダイナミック・レンジ)を計算できます。

 (1)

基準電圧を変更するとADCのFSRが減少し、結果としてその有効分解能(ダイナミック・レンジ)はデータシートの値と比べて1.3ビット以上減少します。式2は、この分解能の損失を一般化したものです。

 (2)

ここで「% utilization(パーセント使用率)」とは、実際のFSRとADCのノイズにより特性化されたSNRの比です。

この見かけの分解能損失は高分解能のデルタ-シグマADCを使用することの欠点のように思われるかもしれませんが、FSRが減少しても入力換算ノイズはそうならないことを思い出してください。したがって、絶対ノイズパラメータ、または直接測定されたパラメータを使用してADCノイズ解析を実行することをお勧めします。絶対ノイズパラメータを使用することは、相対雑音パラメータの入力信号および基準電圧特性への依存性を排除します。さらに、絶対パラメータは、ADCノイズとシステム・ノイズの関係を単純化します。

ADCノイズ分析には、入力換算ノイズを使用することを推奨します。ADC性能の定義に入力換算ノイズを使用することは一般的ではないため、この用語を太字で表しました。実際、エンジニアの大部分は、もっぱら有効分解能やノイズフリー分解能などの相対パラメータに関してのみ話をしており、これらの値を最大化できないときを非常に気にかけています。結局のところ、16ビットの有効分解能を実現するために24ビットのADCを使う必要がある場合、ADCが実際には発揮できない性能にお金を払っているように見えます。

しかし、有効分解能が16ビットであるからといって、FSRのうちどれくらいが使用されるかは必ずしもわかりません。16ビットの有効分解能しか必要ないかもしれませんが、最小入力信号が50nVの場合、16ビットのADCで、それを分解することはできません。したがって、高分解能のデルタ-シグマADCの真の利点は、それが提供する低レベルの入力換算ノイズです。有効分解能が重要でないというわけではありません。単にシステムをパラメータ化するベストな方法ではないだけです。

つまりは、ADCが最小と最大の入力信号の両方を分解できなければ、SNRや有効分解能を最大化しても意味がありません。また有効分解能と違って、ADCの必要な入力換算ノイズはシステム仕様から直接簡単に求めることができます。このため、入力換算ノイズ分析はシステムの変更に対してより柔軟に対応できます。それに加えて、さまざまなADCを簡単に比較できるため、どのアプリケーションに対してもそれに適したADCを選択できます。

本シリーズの第3部では、抵抗性ブリッジ設計の例を詳しく見ていきます。相対と絶対の両方のノイズパラメータを使用してシステム分解能を定義し、それぞれの有効性を説明します。各パラメータの種類がADCの比較と選択に与える影響も説明します。

重要なポイント

以下は、デルタ-シグマADC内のノイズをより良く理解するうえで重要なポイントをまとめたものです。

  • 異なる種類のノイズを数値化する別個の測定方法がある
    • ACノイズ特性の測定には、AC信号を利用したテストを使用する
    • DCノイズ特性の測定には、入力短絡テストを使用する
    • ノイズ測定の種類は通常、ADCのエンド・アプリケーションで決まる
  • 有効/ノイズフリー分解能指標とは?一般的に、入力信号= FSRと想定する
  • 2種類のノイズパラメータが存在する
    • 相対 – 測定値の比を用いて算出する
    • 絶対 – 直接測定する
  • 入力換算ノイズはADCの分解能(測定可能な最小信号)の絶対値である。ノイズフリー・ビットと有効分解能は、ADCのダイナミック・レンジを表す相対パラメータである

著者紹介
ブライアン・リゾン(Bryan Lizon)
テキサス・インスツルメンツ 高精度ADC製品プロダクト・マーケティング・エンジニア

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