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「信号の分解」シリーズの第4では、ENBWとは何か、なぜ必要なのか、ENBWの要因は何かといった、有効ノイズ帯域幅(ENBW)についての基礎的なトピックを扱いました。

5部でも引き続き2段フィルタを使用したシンプルな例を説明しながら、以下の項目が理解できるように、デルタ-シグマA/Dコンバータ(ADC)やシステム・レベルの設計と絡めてENBWを考察していきます。

  • ENBWの算出方法
  • システム変更がENBWに与える影響

ENBWの算出方法

ここでは、アンチ・エイリアス・フィルタとその後にSINCフィルタ内蔵のデルタ-シグマADCが配置された、シンプルな2段構成のデータ収集システムを例として使用します(図1参照)。前にも述べたとおり、この種のフィルタは全体的なENBWに大きな影響を与えるため、この2種類を重点的に見ていきますが、この解析はフィルタの種類や数に関係なく一般的に適用できます。

 

1:データ収集システムの概略ブロック図

 

アンチ・エイリアス・フィルタには、シングル・ポールの抵抗コンデンサ(RC)フィルタを使用します。なぜなら、このシリーズの第4部でRCフィルタのENBWの計算方法を説明したからです(式1)。さらに、デルタ-シグマADCで十分なアンチ・エイリアスを実現するには、通常はシンプルなRCフィルタがあれば十分だからです。この例で選択した抵抗とコンデンサの値を表1にまとめています。

1:アンチ・エイリアス・フィルタ部品の値

 

選択したパッシブ部品の値を用いて、式1からアンチ・エイリアス・フィルタのENBWを計算します。


最後に、図2に示すようにアンチ・エイリアス・フィルタの応答をプロットします。フィルタのENBWは赤の領域で表します。

 

2:アンチ・エイリアス・フィルタの応答と強調表示したENBW

 

アンチ・エイリアス・フィルタの周波数応答をしっかり把握したら、次のステップはADCSINCフィルタの応答を明確にすることです。この例では、TIの低ノイズ、32ビットADCADS1262』を選択します。この解析はどのデルタ-シグマADCにもおおむね当てはまります。この場合、『ADS1262』のSINC4フィルタを60 SPS(サンプル/秒)のデータ・レートで使用することにします。図3に、これらの設定によるフィルタの周波数応答のデータシートのプロット図を改めて作成します(ADS1262』設定ツールを使用)。

 

3:『ADS1262』のSINCフィルタ応答 - 線形周波数スケール、fmax300Hz

 

この2つのフィルタ応答のプロット図について重要な違いは、SINCフィルタのプロット図(図3)には線形の周波数軸が使われ、アンチ・エイリアス・フィルタのプロット図(図2)には対数の周波数軸が使われていることです。これは、ほとんどのデルタ-シグマADCではデータ・レートが低く、一般に周波数ディケードを複数表示する必要がないためです。残念ながら、この選択をしたために2つのフィルタを同じプロット図に集約する作業が複雑になります。

さらに、SINCフィルタの応答は無限に繰り返されることを思い出してください。図3のように300Hzで終わりというわけではありません。 

この2つの問題を考慮に入れ、周波数範囲を大幅に拡大してSINCフィルタの応答を対数軸にプロットした場合、図4に示すようにその結果はほとんどのADCデータシートにある標準的なプロット図とは全然違ったものになります。

 

4:『ADS1262』のSINCフィルタ応答 - 対数周波数スケール、fmax = 10MHz

 

対数軸を10MHzまで拡大したプロット図では、フィルタ応答の繰り返しを表す高周波数のピークがいくつも見えてきます。なぜこれが重要なのでしょうか。この繰り返しの結果、SINCフィルタの周波数応答曲線の積分によって得られるENBWは無限大になります(数学的に見ると、SINCフィルタの積分は無限大に発散します)。図5は、アンチ・エイリアス・フィルタとSINCフィルタ両方の周波数応答のプロット図と、それぞれのENBWを示したものです。

 

5SINCフィルタおよびアンチ・エイリアス・フィルタのENBW

 

SINCフィルタのENBWが無限大だとすると、この解析をどう続けたらいいのでしょうか。必要なのは、単に積分に制限を設けることです。一般には、変調回路のクロック周波数(fMOD)の数倍(1または2倍)が適当ですが、この例ではアンチ・エイリアス・フィルタを制限として使用できます。

 

両方のフィルタの振幅(Magnitude)(デシベル単位(dB))が同じX軸目盛りに描画されているので、単純に2つを足し合わせてシステムの全体的なENBWを判断できます。これにより、図6に示すようなフィルタ応答が得られます。RCフィルタとデジタル・フィルタの応答を組み合わせたものを積分すると、ENBW14Hzになり、その大きさはそれぞれのフィルタ自体より数桁小さくなります。

 

  

6SINCフィルタとアンチ・エイリアス・フィルタのシステム応答

 

ENBWが狭くなるのは、高周波数のときのSINCフィルタ・ノイズ電力をアンチ・エイリアス・フィルタが減衰させた結果であり、これによりシステムに伝わるノイズが減少します。このことは、SINCフィルタの無限大の周波数応答を必ずしも考慮する必要がないことを意味します。アンチ・エイリアス・フィルタはすでに、本来なら通過帯域に折り返すfMODの倍数で発生する高周波数ピークに関連するノイズ電力の多くを除去しています。アナログ設計者の多くは、アンチ・エイリアス・フィルタの所期の目的を低周波数ノイズを除去することだと想定していますが、これは一般にデルタ-シグマADCのデジタル・フィルタの役割です。

 

この想定に従い、カットオフ周波数が非常に低いアンチ・エイリアス・フィルタを設計しようとした場合、一般に抵抗および容量に大きな値を用いなければならなくなります。しかし、パッシブ部品の値が大きいと信号の静定時間が長くなり、通常は好ましくありません。静定時間が長くなることを許容できたとしても、ADCの入力リーク電流が大きなフィルタ抵抗により顕著なオフセット電圧を引き起こすことがあり、システム・レベルでの精度低下につながります。したがって、パッシブ部品が小さいほど前述の問題を避けやすくなるため、高周波数ノイズに対してだけアンチ・エイリアス・フィルタを設計すればよいということは、実際にシステムにもメリットがあります。

 

システム変更がENBWに与える影響

今度はADCのサンプル・レートまたはアンチ・エイリアス・フィルタのカットオフ周波数を変更したくなったとしましょう。これはシステムのENBWにどのように影響するのでしょうか。直感的には、すでに見てきたようにカットオフ周波数が小さいフィルタがENBW計算において支配的であるのは当然と思われます。確かに、一般的には当たっています。このことを説明するために、表2に『ADS1262』の利用可能なデジタル・フィルタ出力データ・レートと対応するシステムENBWを、幅広いアンチ・エイリアス・カットオフ周波数に対してまとめています。また、表2に実質的にADCのカットオフ周波数の働きをする3dBポイントも示します。

2ADCデータ・レートとAAフィルタのカットオフ周波数がシステムENBWに与える影響

*『ADS1262』計算ツールから取得

2では次のように状態を色分けして表しています。

 =システムのENBWADC3dBポイントの約10%以内

 =システムのENBWがアンチ・エイリアス・フィルタのカットオフ周波数の約10%以内

 =システムのENBWADC3dBポイントまたはアンチ・エイリアス・フィルタのカットオフ周波数の10%以内ではない

 

2と式3で表される条件のうちの1つが正しいとすると、システムENBWと個々のフィルタのカットオフ周波数との相関関係により、複雑な積分を行わなくてもシステムのENBWの概算を求めることができます。

 

f3dB (ADC)fc (AA filter)に比較的近いなど、どちらの条件も正しくない場合は、このセクションで述べてきた積分を行う必要が出てきます。それだけでなく、これらの条件は、フィルタ段をいくつ追加してもそのフィルタのカットオフ周波数がADCまたはアンチ・エイリアス・フィルタのものよりずっと大きい限り、一般的に当てはまると考えられます。このような場合は、フィルタのENBWを計算しなくてもよいため、解析が簡単になるでしょう。

「信号の分解」シリーズの次の記事では、内蔵および外付けのアンプをシグナル・チェーンに追加することで、デルタ-シグマADCのノイズについて引き続き考察します。 

重要なポイント

以下は、デルタ-シグマADC内のENBWをより良く理解するうえで重要なポイントをまとめたものです。

  • ENBWは通常、カットオフ周波数が最小のフィルタに左右されるが、これは特に高精度デルタ-シグマADCでは、通常はアンチ・エイリアス・フィルタかデジタル・フィルタ
  • アンチ・エイリアス・フィルタは、低周波数ではなく高周波数時のノイズを除去
  • ENBWの算出には、直接積分する方法を用いることもできるが、多くの場合にADC3dBポイントまたはアンチ・エイリアス・フィルタのカットオフ周波数を使って概算値を求めることが可能

 

著者紹介

ブライアン・リゾン(Bryan Lizon)

テキサス・インスツルメンツ  高精度ADC製品プロダクト・マーケティング・エンジニア

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