アプリケーションやサブ回路が正しく動作するには、ほとんどの場合、決められた許容電圧範囲内に収まる定電源電圧が欠かせません。ワイヤレス・センサや携帯機器といったバッテリ駆動のアプリケーションでは、バッテリが放電して電圧が低下しても必要な出力電圧が得られるように、電圧を変換する必要があります。光学モジュールや有線センサ、アクティブ・ケーブル、ドングルといった、電源電圧が固定されたアプリケーションでも、利用できる電圧レールが必要な入力電圧と合わない場合、または電圧が変動して規定の許容範囲を外れる場合は、電圧変換が必要になるでしょう。
この記事では、電圧変換の手段として昇降圧コンバータが適しているのはどのような場合か、どのタイプのDC/DC電圧変換にも対応するユニバーサルなツールとしても使えるかどうかを解説します。
昇降圧コンバータを使用すると良いケース
一般に、回路またはサブ回路に利用できる電源電圧が必要な電圧より低い場合は、昇圧(ブースト)コンバータが効率的に変換を行ってDC電圧を昇圧します。利用できる電源電圧が必要な電圧より高い場合は、降圧(バック)コンバータで電圧変換を行います。
電源電圧が必要な出力電圧より高い場合にも低い場合にも対応できるようにするには、昇降圧コンバータが必要です。昇降圧(バック/ブースト)コンバータとは、昇圧コンバータと降圧コンバータを組み合わせて1つにしたものです。図1のブロック図を見るとその構造がわかるでしょう。
降圧コンバータ(図1の緑色の部分)と昇圧コンバータ(図1の赤色の部分)のアーキテクチャを結合することで、昇降圧コンバータは、出力電圧の昇圧・降圧のどちらも可能になります。実際の入力電圧とプログラムされた出力電圧に応じて、制御ループがデバイスを降圧モードと昇圧モードのどちらに設定するかを判断します。
例として、標準電圧範囲が4.2V~2.8Vのリチウムイオン・バッテリから3.3Vを供給する必要があるとします。降圧コンバータを使用した場合、バッテリのカットオフ電圧が3.3Vより大きくなければならないので、未使用のエネルギーがバッテリに残ってしまうという欠点があります。しかし、昇降圧コンバータなら、図2に示すように入力電圧が3.3V以下のときでも貯蔵エネルギーを取り出すことができるので、バッテリ内のエネルギーをすべて使い切ることができます。
電圧スタビライザとしての昇降圧コンバータの使用
昇降圧コンバータの使い方として2番目に多いのが、電圧スタビライザとして利用することです。電源電圧に変動があるが(例えば±10%の変動がある3.3V電源)、負荷にはきちんと安定化した電圧が要求される場合(例えば許容範囲が±5%の3.3V)、電圧を安定させる昇降圧コンバータが必要になります。光学モジュールのトランスインピーダンス・アンプなどの電源電圧の影響を受けやすい部品の場合は、さらに厳密な安定化電圧が必要かもしれません。産業用アプリケーションでそれ以外のDC/DCプリレギュレータが厳密に安定化を行わない場合や、電源パス上のe-Fuse、負荷スイッチ、長いケーブルといったその他部品により、電流に応じた電圧変動が加わる場合なども同様です。この問題は、昇圧コンバータまたは降圧コンバータ単独では解決できないかもしれません。しかし、昇降圧コンバータなら、変動のある入力電圧を厳しい規定制限内にレギュレーションできるでしょう。図3は、±0.5V/10µsの高速ライン過渡電圧に対する『TPS63802』の応答を示し、出力電圧アンダーシュート/オーバーシュートが±0.1Vと非常に低くなっています。
図3:VI = VO = 3.3V、ΔVI = ±0.5Vでの『TPS63802』のライン過渡応答
昇降圧コンバータの別の利用法
降圧コンバータまたは昇圧コンバータを単体で使うよりも昇降圧コンバータを選ぶ理由は他にもあります。その理由の1つが、電源の併用です。5V USB電源アダプタまたは単3乾電池2個で動くベビー・モニタを例としましょう。乾電池の電圧範囲は、新品のときは3V、放電時は1.6Vとします。上は5V(電源アダプタ)から下は1.6V(電源アダプタがコンセントにつながっていない間に使われて消耗した電池)までの幅広い入力電圧範囲に対応し、システムへの3.3V電圧を変わらず生成できるのは、昇降圧コンバータしかありません。電源アダプタから電池へ電流が流れ込むのを防ぎ、電源アダプタがコンセントから抜かれたときにシームレスに電池へ切り換えるために必要な部品は、昇降圧コンバータの他には外付けダイオードが2個のみです。
昇降圧コンバータの制約
入力電圧と���力電圧が近い場合に、昇降圧コンバータの降圧モードと昇圧モードを絶え間なく切り換えるように内部制御ループが設計されることがよくあります。この設計でも一応は機能しますが、モード切換によってスイッチング周波数が変動したり、大きい出力電圧リップルが発生したり、電磁干渉(EMI)が悪化するおそれがあるという欠点があります。二次的な影響としては、この点において効率がやや低下する可能性があります。
モード切換による影響を避けるには、出力電圧リップルを低く抑える専用の昇降圧モードを備えるデバイスを見つけることです。その一例がTIの『TPS638xx』昇降圧コンバータ・ファミリです。フィルタで簡単に除去できるノイズ周波数と低EMIという特長を持ち、専用の昇降圧モードとヒステリシスにより切換を防止します。
昇降圧コンバータは電圧変換のどのケースにも対応可能か
昇降圧コンバータには降圧型と昇圧型のコンバータが「内包」されているので、どのDC/DC電圧変換にも使えなくはありません。ですので、この点からは「対応可能」と言えますが、もっと細かく考察する必要があります。表1に、与えられる入力電圧範囲と必要な出力電圧との関係を示し、降圧型、昇圧型、または昇降圧型のコンバータのうちどれが適しているかをまとめました。
入力/出力電圧 |
昇圧コンバータ |
降圧コンバータ |
昇降圧コンバータ |
常にVINがVOUTより |
機能しない |
理想的トポロジ |
機能するが、効率(導電パス上にオン抵抗を持つ内蔵トランジスタが1つ増える)、ソリューション・サイズ(必要なシリコン面積が増加)、静止時電流消費の点で不利になる可能性がある |
常にVINがVOUTより |
理想的トポロジだが、 |
機能しない |
|
VINがVOUTより大きい場合も小さい場合もある |
機能しない |
機能しない |
理想的トポロジ |
昇圧コンバータと降圧コンバータを直列接続:機能するが、効率、ソリューション・サイズ、パッシブ部品サイズ、およびコストの点で不利 |
表1:DC/DC変換トポロジのまとめ
それでは、この記事のタイトルにもなっている初めの疑問に戻りましょう。どのDC/DC電圧変換にも対応するユニバーサルなツールは存在するのでしょうか。答えは、必ずしも存在するとは言えません。大量生産品を担当するアナログ設計者なら、昇降圧コンバータが必ずしも必要でなければ、性能が最適化されている専用の昇圧コンバータまたは降圧コンバータを好むでしょう。しかし、少量生産品を担当する設計者は、便宜性のためならある程度のトレードオフはかまわないと考えるかもしれません。
昇降圧、昇圧、降圧すべての目的に昇降圧コンバータを使用するとき、次のようなメリットがあると考えられます。
- 複数のプロジェクトに展開でき、開発時間が短縮され、設計リスクを抑えられる
- 使いやすい昇降圧コンバータに絞ることでDC/DCコンバータの種類数を減らすことができる
- 在庫管理の簡素化、数量単位増加による価格への効果、安定した供給により、調達業務��合理化される
- 昇降圧コンバータには、シャットダウンの間は負荷を電源から切り離すという利点があり、それ以外のトポロジでは負荷スイッチが追加で必要になる場合がある
参考資料
+TIのBernd Geck氏による解説ビデオ(外部サイト)
+Part 1:降圧コンバータ
+Part 2:昇圧コンバータ
+Part 3:昇降圧コンバータの仕組み
+アプリケーション・レポート(英語)
+”select a DC/DC converter for maximum battery life in pulsed-load applications”
+”non-inverting buck-boost converter for voltage stabilization”
+”how a precise threshold enable pin helps to prevent battery overdischarge”
+設計ツール:WEBENCH® POWER DESIGNER
※WEBENCHはTexas Instrumentsの登録商標です。すべての登録商標および商標はそれぞれの所有者に帰属します。
※上記の記事はこちらの技術記事(2019年9月30日)より翻訳転載されました。
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