超低消費電力MCUによるスマート・センシング – 第4部:ホルター・モニタ

このスマート・センシング・シリーズの第4回では、ホルター・モニタの動作原理と実装について説明します。

心電図(ECG)は、心臓の電気的活動と、臨床診断に使用される既知の生体信号をグラフ形式で記録します。ECGセンサは、一定期間にわたり、心拍ごとの電気的活動における小さな変化を検出します。ECGによる測定では、心拍の規則性に基づく、心臓の機能についての貴重な洞察が得られます。図1は、人間の心臓の解剖学的構造と、ECG信号の心拍波形を示しています。図2は、5秒の時間間隔でのECG波形を示しています。

図1:心臓の解剖学的構造と心拍のECGパルス

 図2:5秒間のECG波形

ホルター・モニタは、患者が装着して利用できるポータブルECG記録デバイスです。このデバイスは、医師による短時間の外来診療では診断を下すことができない症状のために、患者の心臓血管の活動を長時間(24時間以上)にわたって継続的に監視します。1950年代にHolter Research Laboratoryによって考案されたホルター・モニタは、当初は日常生活での正常な心臓律動における変化を観察するという目的で設計されました。ホルター・モニタの用途はここ数年でさらに拡大し、ペースメーカーの誤動作の検出、心拍変動の調査、心臓の異常な症状の診断にまで及んでいます。患者はリモート監視用のウェアラブル・センサとしてホルター・モニタを装着できます。

ECG信号の記録が完了すると(通常は24時間または48時間後)、医師が信号の分析を行います。このような長い信号に目を通すのは極めて時間のかかる作業になるため、各ホルター・デバイスのソフトウェアには、さまざまな種類の心拍や律動などを自動的に判別する自動分析プロセスが組み込まれています。自動分析が成功するかどうかは信号品質と非常に密接に関連しており、その品質自体は患者の体への電極の取り付け方によって左右されます。電極が適切に取り付けられていないと、電磁外乱がECG信号に影響し、結果として得られる記録データが非常にノイズの多いものになる可能性があります。患者がすばやく動いた場合は歪みがさらに大きくなり、信号の処理が非常に難しくなります。電極の取り付けと品質に加え、信号品質に影響を与える要因には、他にも筋肉の震え、デジタル化される信号のサンプリング・レートと分解能などがあります。高品質のデバイスではサンプリング周波数が高くなり、データ内の情報をより多く取得できます。

図3は、ホルター・モニタの簡単な機能ブロック図を示しています。心電図の信号の振幅は約2mVしかないため、アナログ/デジタル・コンバータ(ADC)で適切にサンプリングできるように、特別な低ノイズ・アンプで信号の昇圧とフィルタリングを行う必要があります。診断に利用する詳細情報を取得するため、各チャネルのサンプル周波数は最大1000Hzにすることができます。加速度計は、記録されたECGデータに患者の体の動きを関連付ける際に役立ちます。

  

図3:ホルター・モニタの簡単な機能ブロック図

 ホルター・モニタは2つの基本的なタスクを実行する必要があります。1つ目のタスクは、臨床的解釈を行うための高品質ECGデータを記録することです。ECG信号の電圧レベルは0.5~5mVと低く、その電圧レベルを上回るノイズの影響を受けやすくなっています。正しい臨床的解釈を行うためには、ノイズをフィルタで除去することが非常に重要です。

 ECG信号と干渉する強い干渉源となるノイズは、人体による容量性の干渉です。この干渉電圧は最大で2.4Vに達する場合があり、ECG信号の電圧値の範囲(0.02mV~5mV)を大きく上回ります。また、電極にかかる余分な電圧などの電磁干渉もあります。このような理由から、フロントエンド・アンプは低ノイズで、かつ同相除去比(CMRR)の高い差動モードで動作する必要があります。

他にも、信号品質を損なう2種類のノイズ源があります。1つ目はベースライン・ワンダと呼ばれる種類のノイズ源です。これは、呼吸や体の動きによって発生する超低周波です。ベースライン・ワンダは分析に関する問題を引き起こす可能性があり、特に図1における低周波数のST部分を調べるときには影響が顕著になります。2つ目の種類は50または60Hzの電源ラインからの干渉です。日常生活での正常な心臓律動を監視する場合、通常は1~40Hzの帯域幅が必要です。バンドパス・フィルタを利用すると、これらのノイズを効果的に削減できます。

あまり一般的ではない症状を診断しようとしている場合は、ECGデータの要件がさらに増える可能性があります。ST波に対するフィルタの影響を最小化するには、バンドパス・フィルタの最低周波数を0.1Hzにする必要があります。他の症状を診断するには、最大で150Hzの周波数成分が必要です。記録するデータに必要な情報が必ず含まれるようにするため、ホルター・モニタのノイズ・フィルタのサンプル・レートとパラメータは調整可能でなければなりません。バンドパス・フィルタのウィンドウにノイズが含まれる場合は、オフライン処理でさらに高度なノイズ・フィルタリングやノイズ・キャンセルを行うことが必要になります。フィルタリングと変換の操作中は、ECGの振幅と位相を維持することが重要です。

2つ目のタスクは、患者が何らかの異常を感じた場合にオフライン臨床分析の支援と医師への通知を行うため、基本的な臨床的特徴を抽出することです。心拍数、心拍変動(最大、最小、標準偏差)、律動の概要、患者日誌(患者がイベント・ボタンを押した瞬間を記録したもの)などの情報が最も一般的な特徴です。心拍の情報は、平均RR間隔、標準偏差、連続するRR間隔間の差分値を含む、RR間隔の測定値から得られます。他に必要とされるのは、ペースメーカーの検出および分析機能です。この機能があると、ペースメーカーが正しく動作しているかチェックする場合に便利です。

ホルター・モニタは長時間にわたって動作するウェアラブル・デバイスなので(一部の既存製品は1本の単三電池で96時間動作)、低消費電力が主な設計目標の1つとなっています。図4は、ホルター・モニタの実装の機能ブロック図を示しています。この実装は、TIのADS1299 ADCと超低消費電力のMSP430FR5994マイクロコントローラをベースにしています。

図4:TIのMSP430FR5994 MCUをベースにしたホルター・モニタの機能ブロック図

 ブロック図のADS1294は、プログラム可能なゲイン・アンプ(PGA)、内部基準電圧、オンボード発振器が組み込まれた、4チャネルの低ノイズ24ビット同時サンプリング・デルタ-シグマ(ΔΣ)ADCです。このデバイスには、ECGアプリケーションで一般に必要とされるすべての機能が搭載されています。ADS1294は-110dBのCMRRをサポートし、250SPS~16kSPSのデータ速度で動作します。励起電流シンクまたはソースを使用して、リード外れ検出をデバイス内部に実装できます。高いレベルの集積化と性能を実現したADS1294により、サイズ、電力、全体コストを大幅に削減しながら、スケーラブルな医療用計測システムを開発できます。必要な入力チャネルが2つだけという場合は、ADS1294ADS1292に置き換えて、より低コストのソリューションにすることもできます。

ECGデータはシリアル・ペリフェラル・インターフェイス(SPI)ポートを介してMSP430FR5994 MCUに渡されます。処理効率を高めるため、MSP430FR5994のダイレクト・メモリ・アクセス(DMA)により、複数のECGチャネルのSPIデータがオンチップ強誘電体ランダム・アクセス・メモリ(FRAM)のデータ・バッファに保存されます。データ・ブロックが蓄積されると(たとえば1秒間にわたって蓄積)、フィルタリングやその他の処理のため、中央処理装置(CPU)により、特定チャネルのデータが低エネルギー・アクセラレータ(LEA)RAMのバッファに配置されます。MSP430FR5994には256KBのFRAMが搭載されており、データとプログラムを保存するための領域が十分にあります。FRAMは、その書き込み/読み取り速度の速さから、データ・ログだけでなく、あまり頻繁に使用されないデータを保存するための低速RAMとしても適しています。

ホルター・モニタはウェアラブル・デバイスなので、消費電力が設計上の主な懸案事項となっています。MSP430FR5994 MCUには、有限インパルス応答(FIR)フィルタリングなどのベクトル数学演算を超低消費電力で高速化するために、LEAモジュールが内蔵されています。LEAモジュールが16MHzで動作している場合、256タップFIRフィルタを1,024個のデータ点のブロックに対して適用するのにかかる時間は0.1s未満です。また、消費電流はわずか67µA/MHzです。4つのECGチャネルがあると仮定すると、LEAモジュールでは、チャネルあたり1kSPSのサンプル・レートで1s間に収集されたデータをフィルタリングするのに約0.4sかかります。LEAモジュールがこのような動作に消費する電流は、平均で約0.4mAだけです。

その他のリソース

 

上記の記事は下記 URL より翻訳転載されました。

http://e2e.ti.com/blogs_/b/industrial_strength/archive/2017/05/08/smart-sensing-with-ultra-low-power-mcus-part-4-holter-monitor

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