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シグナルチェーン設計における基本的な課題の1つが、アナログ/デジタル・コンバータ(ADC)で対象とする信号を決定できるように、システムのノイズ・フロアを十分に低く抑えることです。消費電力の最小化、基板面積の縮小、コスト削減のための対策を行っていても、ノイズ・レベルが入力信号を上回れば、実質的にはどのような設計も役に立たなくなります。つまり、シグナルチェーン・ノイズやそのアナログ/デジタル変換に対する影響、およびその影響を最小限に抑える方法についての理解は、すべてのアナログ設計者にとって基本的な知識と言えます。

そのため、この「信号の分解」シリーズは、デルタ-シグマADCのノイズに関する包括的な理解を提供することを目的としています。代表的なシグナルチェーンの一般的なノイズ源を調べ、ノイズを低減して高精度の測定を維持する手法を解説します。

このシリーズで取り上げるのは、正確度ではなく精度(ノイズ)であるという点です。この2つは区別なく用いられることの多い用語ですが、シグナルチェーン設計において関連はあるものの、別の側面を指しています。高性能データ収集システムを設計する際は、ノイズを最小限に抑えるだけでなく、オフセット、ゲイン誤差、積分非直線性(INL)、ドリフトなどの不正確度に起因する誤差を考慮することが必要です。

第1部では、ADCノイズの基本を重点的に見ていきながら、以下のようなトピックに関する疑問に答えて、詳しく説明していきます。

  • ノイズとは何なのか?
  • 代表的なシグナルチェーンにおいてノイズはどこから発生するのか?
  • ADC内の固有ノイズの把握
  • 高分解能ADCと低分解能ADCではノイズにどのような違いがあるか?

 また、第2部では、以下のトピックに焦点を移していきます。

  •  ADCノイズの測定
  • ADCのデータシートにおけるノイズ仕様
  • 絶対ノイズ・パラメータと相対ノイズ・パラメータの比較

 第3部では、抵抗性ブリッジを使用した設計例の全体を段階的に見ていきながら、第1部と第2部で紹介した理論がどのように現実のアプリケーションに応用されているかを説明します。

 ノイズとは何なのか?どこから発生するのか?

ノイズとは、期待される信号に加えて元の値から逸脱するような望ましくない信号(通常はランダム)です。ノイズはすべての電気システムに固有のものなので、「ノイズフリー」の回路は存在しません。

 図1は、実際の世界でノイズがどのように発生するかを示しています。ノイズがフィルタされた画像と、フィルタリングされていない画像です。図1の左の画像は細部が鮮明なのに対して、右の画像はほぼ完全にノイズに覆われています。図1の2つの画像がほとんど何の類似点もなくなっているのと同じように、アナログ/デジタル変換プロセスでは、アナログ入力とデジタル出力の間で情報が失われる結果になります。

図1:ノイズフリーの画像(左)とノイズのある同じ画像(右)

電子回路内のノイズは、以下に示すような、さまざまな形で発生します。

  • 広帯域ノイズ(熱ノイズ、ジョンソンノイズ):導電体内部の電荷の物理的な動きによって発生する温度依存のノイズ
  • 1/fノイズ(ピンクノイズ、フリッカノイズ):電力密度が周波数に反比例する低周波ノイズ
  • ポップコーンノイズ(バーストノイズ):低周波数の性質を持ち、デバイスの欠陥に起因するノイズ、発生がランダムで数学的な予測が不可能

 これらの形態のノイズは、以下に示す複数のノイズ源を介してシグナルチェーンに侵入します。

  • ADC:熱ノイズと量子化ノイズからなる合成ノイズを発生
  • 内部または外部アンプ:広帯域ノイズと1/fノイズを発生させる場合があり、そのノイズがADCでサンプリングされて出力コード結果に影響を与える
  • 内部または外部電圧リファレンス:これも広帯域ノイズと1/fノイズを発生させ、そのノイズがADCの出力コードに反映
  • 理想的でない電源:測定しようとしている信号に複数の結合方法でノイズを付加する場合がある
  • 内部または外部クロック:不均一なサンプリングにつながるジッタを発生させます。これは正弦波入力信号に対する追加のノイズ源となり、一般に高速のADCほど重大な影響を受ける
  • 不適切なプリント基板(PCB)レイアウト:システムまたは環境内の他の部品からのノイズを敏感なアナログ回路に結合することがある。
  • センサ:高分解能システムにおいて最もノイズの多い部品となる可能性がある

 図2は、代表的な信号チェーンにおけるこれらのノイズ源を表しています。

 図2:代表的なシグナルチェーンにおける一般的なノイズ源

9部構成の本シリーズの1~3部では、ADCの固有ノイズのみに焦点を絞って見ていきます。より包括的に理解できるように、残りの回路部品のノイズ源については、個別の記事で説明します。

ADCの固有ノイズ

ADCの総ノイズは、量子化ノイズと熱ノイズという2つの主なノイズ源に分けることができます。これら2つのノイズ源には相関関係がないため、次の式1に示すように、二乗和平方根(RSS)方式でADCの総ノイズ、NADC, Totalを算出できます。

                                                                                                                                    (1)

ADCの各ノイズ源には、ADCの固有ノイズの低減方法を把握するうえで重要な特性があります。

量子化ノイズ

図3は、ADCの理想的な伝達関数(オフセット誤差やゲイン誤差の影響を受けない)のプロットを表しています。この伝達関数は最小入力電圧から最大入力電圧まで水平方向に伸び、縦軸に沿ってADCコードの総数に応じたステップ数に分割されています。このプロットには16個のコード(ステップ)があり、4ビットADCを表しています。(注:ストレート・バイナリ・コードを使用しているADCの伝達関数は、第1象限のみを含む伝達関数になります)。

 図3:ADCの理想的な伝達関数

量子化ノイズは、無限個のアナログ電圧を有限個のデジタル・コードにマッピングするプロセスから発生します。結果として、単一のデジタル出力は式(2)で定義されている最下位ビット(LSB)の1/2だけ異なるアナログ入力電圧に対応することができます。

                                                                   (2)

FSRはフルスケール範囲の値(ボルト単位)、NはADCの分解能を表しています。

この量子化されたAC信号に対するLSB誤差をマッピングすると、図4に示すようなプロットが得られます。量子化された「階段」状のデジタル出力と滑らかな正弦波アナログ入力の相違点に注目してください。これら2つの波形間の差異を抽出して結果をプロットすると、図4の下側に示す「ノコギリ」状の誤差が得られます。この誤差は±½ LSBの範囲内で変動し、ノイズとして結果に現れます。

 図4:アナログ入力、デジタル出力、LSB誤差の波形

DC信号の場合も同様に、量子化に関連する誤差は入力信号の±½ LSBの範囲内で変動します。ただし、DC信号には周波数成分がないため、実際の量子化「ノイズ」はADC出力のオフセット誤差として現れます。

最後に、量子化ノイズに関して明白でありながらも重要なのが、入力におけるLSB未満の変化をADCが区別できないため、ADCの分解能を上回るものは測定できないという点です。

熱ノイズ

アナログ/デジタル(またはデジタル/アナログ)変換プロセスの副産物である量子化ノイズとは異なり、熱ノイズはすべての電子部品に固有の現象であり、導電体内部の電荷の物理的な動きによって生じます。そのため、熱ノイズは入力信号を印加しなくても測定できます。

ADCの熱ノイズはADC設計の結果であることから、エンド・ユーザーがこの熱ノイズに影響を与えることは、残念ながらできません。以降、この記事では量子化ノイズ以外のすべてのADCノイズ源をADCの熱ノイズとして扱います。

図5は、典型的にはガウス分布を有する時間ドメインでの熱ノイズを表しています。

 図5:ガウス分布に従う時間ドメインでの熱ノイズ

ADCに固有の熱ノイズに影響を与えることはできませんが、ADCの量子化ノイズのレベルはLSBサイズに依存しているため、それを変化させることができます。ただし、この変化の有意性を定量化する方法は、「高分解能」と「低分解能」、どちらのADCを使用しているかによって異なります。では、LSBサイズと量子化ノイズを有効活用する方法をよりよく理解できるように、これら2つの用語を簡単に定義していきましょう。

高分解能ADCと低分解能ADCの比較

低分解能ADCは、NADC,Quantization >> NADC,Thermalであるような、総ノイズが量子化ノイズに大きく依存するデバイスです。反対に高分解能ADCは、NADC,Quantization << NADC,Thermalであるような、総ノイズが熱ノイズに大きく依存するデバイスです。低分解能と高分解能は一般に16ビット・レベルを境界線とし、16ビットを上回るものは高分解能、16ビットを下回るものは低分解能と見なされます。常にその通りになるとは限りませんが、このシリーズでは、全体を通してこの一般的な慣習に従います。

なぜ16ビット・レベルで区別するのでしょうか?理由を明らかにするために、2つのADCのデータシートを見てみましょう。図6は、テキサス・インスツルメンツの16ビット・デルタ-シグマADCである『ADS114S08』と、24ビットの対応するADS124S08の実際のノイズ表を示しています。これらのADCの分解能以外の仕様は同一です。

 616ビットのADS114S08(左)と24ビットのADS124S08(右)の入力換算ノイズ。µVRMSµVPP)単位、VREF = 2.5VG = 1V/Vで測定

16ビットのADS114S08のノイズ表では、データレートに関係なくすべての入力換算ノイズ電圧が同じです。一方、24ビットのADS124S08では、入力換算ノイズ値がすべて異なり、データレートの低下と共に減少(改善)しています。

この比較だけで決定的な結論は得られませんが、次の式3と式4を使用し、基準電圧を2.5Vと仮定して各ADCのLSBサイズを計算してみましょう。

                                                                                                                         (3)

                                                                                                                        (4)

これらの観測値を組み合わせることで、データシートに記載されている低分解能(16ビット)ADCのノイズ特性は、そのLSBサイズ(最大量子化ノイズ)と同等であることがわかります。一方、高分解能(24ビット)ADCのデータシートに記載されているノイズは、そのLSBサイズ(量子化ノイズ)を明らかに大きく上回っています。この場合は、高分解能ADCの量子化ノイズが非常に小さいため、実質的には熱ノイズに隠れた状態となっています。以下の図7は、この比較を定性的に表したものです。

 図7:低分解能(左)および高分解能(右)ADCにおける量子化ノイズと熱ノイズの定性的表現

この結果を有効活用するには、どうすればよいのでしょうか?量子化ノイズが支配的となる低分解能ADCでは、より低い基準電圧を使用すれば、LSBサイズが縮小し、量子化ノイズの振幅も小さくなります。これには、図8(左)に示すように、ADCの総ノイズを低減させる効果があります。

熱ノイズが支配的となる高分解能ADCでは、より高い基準電圧を使用し、量子化ノイズのレベルが熱ノイズを上回らないよう抑えながらADCの入力範囲(ダイナミック・レンジ)を拡大します。他にシステムの変更点がないと仮定すると、このように基準電圧を高くすることで、図8(右)からわかるように信号対雑音比を改善できます。

 図8:低分解能(左)および高分解能(右)ADCでの量子化ノイズの調整による性能の向上

ADCノイズの成分や、高分解能と低分解能のADC間における各成分の違いについて理解できたと思いますので、その知識を生かして、第2部ではノイズがどのように測定され、ADCのデータシートに記載されているのかを見ていきます。

重要なポイント

以下は、デルタ-シグマADC内のノイズをより良く理解するうえで重要なポイントをまとめたものです。

  • ノイズはすべての電子システムに固有のもの
  • ノイズはすべてのシグナルチェーン部品を介して侵入
  • ADCノイズには主に2つの種類
    • 基準電圧と共に変化する量子化ノイズ
    • 特定のADCごとに値が固定される熱ノイズ
  • ADCの分解能に応じて通常は1種類のノイズが支配的となる
    • 高分解能ADCの特性:
      • 熱ノイズが支配的
      • 分解能は一般に1 LSBを上回る
      • 基準電圧を高くするとダイナミック・レンジが拡大
      • 低分解能ADCの特性:
        • 量子化ノイズが支配的
        • 分解能は一般にLSBサイズによって制限
        • 基準電圧を低くすると量子化ノイズが減少し、分解能が高くなる

著者紹介
ブライアン・リゾン(Bryan Lizon)
テキサス・インスツルメンツ 高精度ADC製品プロダクト・マーケティング・エンジニア

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