信号の分解:高精度デルタ-シグマADCの ���効ノイズ帯域幅(ENBW)の理解(第4部)


アナログ/デジタル・コンバータ(ADC)のノイズを把握するのは、経験豊富なアナログ設計者であっても難しいものです。デルタ-シグマADCには、ADCの分解能、リファレンス電圧、出力電圧によりさまざまに異なる量子化ノイズと熱ノイズが複合して存在します。システムのレベルではさらにシグナル・チェーン部品が加わりますが、その多くは異種のノイズ特性を持ち比較が難しくなるため、ノイズ解析はより複雑になります。

しかし、システムのノイズを予測しようとするなら、各部品のノイズがどれくらい影響するか、ある1つの部品のノイズが他の部品にどのように影響するか、支配的なノイズ源はどれか、などを理解しなければなりません。難しいことのように思えるでしょうが、シグナル・チェーンの有効ノイズ帯域幅(ENBW)を用いれば、この作業が簡単になります。

そのためにも、デルタ-シグマADCのノイズに関する本シリーズの第4部では、次のようなENBWについての基本的なトピックを主に扱います。

  • ENBWとは
  • ENBWが必要な理由
  • システムのENBWの要因

 第5部でも引き続きENBWを取り上げ、2段フィルタを使用するシンプルな設計例を通して、次のようなトピックを考察します。

  • ENBWの算出方法
  • システム変更がENBWに与える影響

ENBWとは

ENBWは抽象的な概念なので、簡単な例えとして、寒い日のドアと窓を考えてみましょう。光熱費を下げてお金を節約するには、家の中に入ってくる冷たい空気の量を制限するために、すべてのドアと窓をなるべく開けないようにする必要があります。この場合、家がシステム、ドアと窓がフィルタ、冷たい空気がノイズ、ENBWはドアと窓をどれくらい開けているか(あるいは閉めているか)の測定値です。図1に示すように、開き方(ENBW)が大きいほどたくさんの冷気(ノイズ)が家(システム)の中に入ってきますし、開き方が狭いと冷気もあまり入ってきません。

1:ドアが大きく開いている=ノイズが多い(左図)、ドアがあまり開いてい��い=ノイズが少ない(右図���

一般的な信号処理の用語では、フィルタのENBWとは、ノイズ電力が元々のフィルタの��イズ電力(H(f))とほぼ同じである理想的なブリックウォール・フィルタのカットオフ周波数fcのことです。この定義をドアと窓の例えに重ねると、システムのENBWはドアと窓それぞれの開き具合を組み合わせて、そのすべてに等しく当てはまる1つの定義可能な値にしたものに相当します。このように単純化することで、「冷気」がどれくらい入ってくるかをずっと把握しやすくなります。

一例として、シングル・ポールの抵抗コンデンサ(RC)ローパス・フィルタ(図2の上図)を理想的なブリックウォール・フィルタ(図2の下図)に単純化してみましょう。そうするには、積分を用いて実際のフィルタ応答のもとでのノイズ電力を計算します。この計算値が元のフィルタのENBWです。これが理想的なブリックウォール・フィルタのカットオフ周波数(fC)になります。

2:シングル・ポールRCフィルタの応答(上図)、RCフィルタのENBWプロット図(下図)

この場合、直接積分する方法を用いてシングル・ポールのローパス・フィルタのENBWを求められますが、元のRCフィルタの3dBのポイントとそのENBWとの相関を表す次の式1を使用することもできます。

 (1)

この式がどのように導き出されたかは、アンプのノイズについてのTIプレシジョン・ラボのトレーニング・シリーズをご覧ください。

このシンプルな例の場合、ENBWは、実世界のフィルタ応答を理想的なフィルタ応答に変換したものとして定義されます。しかし、なぜこの手法を使用するのでしょうか。また、ノイズ解析計算を単純化するのにこの手法がどのように役立つのでしょうか。それをこれから考えていきましょう。

ENBWが必要な理由

ENBWが必要な理由を理解するために、フィルタ機能のないADCを使って、低レベル抵抗性ブリッジの信号を測定するとします。この信号の標準的なフルスケール出力は10mVと低いことがあります。このような信号を測定するには、ADCの入力にアンプを追加して、目的の信号をADCのノイズ・フロア以上に増幅すると同時に、ADCのダイナミック・レンジも広げる必要があります。他にフィルタがなければ、アンプのノイズは実質的にすべてADCに伝わります。この場合、ノイズを制限するのはアンプの帯域幅のみになりますが、これは数千キロヘルツ以上かもしれません。

幸いなことに、アンプの後にアンチエイリアス・フィルタの追加も必要になるでしょう。このフィルタには2つの働きがあります。1つ目は、通過帯域に折り返されないように不要な信号を制限することです。2つ目は、通常は次の式2が正しいと考えれば、シグナル・チェーンのENBWを、アンプの帯域幅単体の場合よりも大幅に減少させることです。

                                 (2)

図3は、この新しいADC入力段をモデル化したものです。

3:アンプとアンチエイリアス・フィルタによるADC入力段

式2の条件から、ADCに伝わるアンプのノイズをアンチエイリアス・フィルタが制限することはわかりますが、それではどれくらい量のノイズが除去されるのでしょうか。さらに重要なのは、それでも伝わってしまうノイズがどれくらいあり、それがADCや測定結果にどう影響するのでしょうか。これを算出するには、アンプのノイズ特性を調べる必要があります。

図4は、1/f領域が大きいアンプの電圧ノイズ・スペクトル密度を表したものです。これだけでは、アンプの実際のノイズ寄与(紫の部分)についてこの図からわかることはほとんどありません。実際に、ノイズ密度が一定ではない(非チョッパ安定化アンプに共通の特徴)ため、ADCに伝わるノイズ量の計算がより難しくなります。

41/f領域が大きい一般的なアンプのノイズ密度プロット図

これを求めるには、システムのENBWを計算する必要があります。理想的なブリックウォール・フィルタ応答が明確になると、図5の赤い範囲で示すように、アンプのノイズのスペクトル密度曲線に重ね合わせることができます。

5ENBWを重ねたアンプのノイズ密度プロット図

図5のアンチエイリアス・フィルタは200HzのENBWとなるように設計されており、実質的にアンプのノイズのカットオフ・フィルタとして機能します。後は、図5の黒い範囲で表されるこのノイズを計算するだけです。広帯域ノイズが支配的なときは、式3を用いてRMS(二乗平均平方根)電圧ノイズを計算することができます。

                   (3)

図4と図5のアンプのように、デバイスに大きい1/f(フリッカ)ノイズ成分がある場合は、直接積分を用いるか、簡易化された式を使ってデバイスのノイズ寄与を求めることができます。これらの各手法について詳しくは、アンプのノイズについてのTIプレシジョン・ラボのトレーニング・モジュールをご覧ください。

この例では、ADCに伝わるRMS電圧ノイズの計算値は43.6nVRMSです。

ENBWの要因

このシンプルなアンプおよびアンチエイリアス・フィルタの解析では、特に意識せず、シグナル・チェーンのENBWを確定するのに用いるソースを2つ定義しましたが、フィルタリング・ソースが多数存在する設計もありますし、どの設計にも少なくとも何らかのフィルタリングが存在します。従来のフィルタ機能を持たないプリント基板(PCB)であっても、配線のインピーダンスや並列配線の容量があります。これらの寄生容量から意図しないRCフィルタが作られるかもしれません。このフィルタの帯域幅が非常に大きく、そのため全体的なENBWにほとんど影響がないとしてもです。

図6は、代表的なデータ収集システムによく見られるフィルタリング・ソースを表したものです。電磁干渉(EMI)フィルタなどの外部フィルタ、アンプの帯域幅、アンチエイリアス・フィルタ、デルタ-シグマADCのデジタル・フィルタのほか、マイコンやフィールド・プログラマブル・ゲート・アレイ(FPGA)内にデジタル的に作られた後処理フィルタが加わることもあります。重要なのは、どのシグナル・チェーンにもこれらのフィルタリング・ソースがすべてあるわけではないことです。例えば、デルタ-シグマADCをベースとした多数のデータ収集システムでは、これらのADCにフィルタが内蔵されているため、後処理フィルタは不要です。

6:デルタ-シグマADCのデータ収集システムでの一般的なフィルタリング・ソース

シグナル・チェーンにフィルタ部品が複数ある場合、シグナル・チェーンの中の下流にあるフィルタをすべて組み合わせて各部品のENBWを算出しなければなりません。例えば、図6のアンプのノイズ要因を計算するには、アンプの帯域幅をアンチエイリアス・フィルタ、ADCのデジタル・フィルタ、後処理フィルタと組み合わせる必要があります。ただし、EMIフィルタは無視できます。

幸いにも、1つの回路にフィルタリング・ソースが多数あっても、全体的なENBWに大きく影響するのは一部の種類のフィルタです。ですので、必要なのはこのような部品のENBWを計算することだけで、それ以外のフィルタリング・ソースは無視できるかもしれません。例えば、低い出力データ・レートでは、通常はデルタ-シグマADC���デジタル・フィルタの帯域幅がシグナル・チェーンで最も狭く、ENBWに対して支配的になります。逆に、広い入力信号帯域幅で高い出力データ・レートを用いると、一般的にアンチエイリアス・フィルタがシステムのENBWを制限します。

ENBWについてさらに理解するために、「信号の分解」シリーズの第5部では、実世界のシステムにENBWをどう当てはめるかをシンプルな例を使って説明します。

重要なポイント

以下は、デルタ-シグマADC内のノイズをより良く理解するうえで重要なポイントをまとめたものです。

  • ENBWは、ある特定の一般的フィルタ(H(f))に対する理想的なブリックウォール・フィルタのカットオフ周波数を表示
  • システムのノイズ源ごとにENBWを確定する必要あり
  • 各ノイズ源のENBWは���システムのすべての下流フィルタを組み合わせて算出
  • 各部品からシステムに入り込むノイズの量をENBWにより判断
  • ENBWは通常、カットオフ周波数が最小のフィルタに左右され、特に高精度デルタ-シグマADCの場合は、一般��にアンチエイリアス・フィルタかデジタル・フィルタが支配的

著者紹介
ブライアン・リゾン(Bryan Lizon)
テキサス・インスツルメンツ 高精度ADC製品プロダクト・マーケティング・エンジニア

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