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「信号の分解」シリーズの第6部では、出力換算ノイズと入力換算ノイズを定義し、それぞれに対する計算式を導き、単一段および複数段のアンプ構成を詳しく掘り下げ、ゲインの増加が低分解能および高分解能のA/Dコンバータ(ADC)に与える影響について検討しました。高分解能ADCに高ゲインの外部アンプを組み合わせるときは、アンプのノイズ特性を慎重に検討する必要があることも第6部でわかりました。

この説を実証するために、第7部では、アンプが異なると同じ高分解能ADCのノイズにどう影響するのか、設計例を用いて分析します。ベースラインのADCとして、TIの32ビットADC『ADS1262』を使用します。このADCを選択したのは、ノイズ・レベルが非常に低く、プログラマブル・ゲイン・アンプ(PGA)が内蔵されているためです。内蔵PGAのノイズは解析する上での基準点となり、さまざまな外部アンプとの比較が可能になります。

 ADCの入力換算ノイズの算出

最初に必要なのは、ベースラインADCの入力換算ノイズを確定することです。理論的には第6部で導いた計算式を使用することや、図1に示す等価回路ノイズ・モデルを使用することもできます。 

1:「ノイズなし」部品および1つの入力換算総ノイズ源

 しかし、この方法では、ADCとPGAの両方のノイズ・スペクトル密度がわかっていなければなりませんが、ADCのデータシートにこの仕様が記載されていることはあまりありません。その代わり、計算で求めるのは諦めて、ADCのデータシートのノイズ表から適用できる入力換算ノイズを単に探してくることができます。これにより、アンプが内蔵されたADCを使用するメリットが際立ちます。第6部で述べた計算がADCのメーカーによって実質的に完了しているので、ADCと一緒に外部アンプを使用するのに比べてシステム・ノイズ解析が単純になります。

 そのため、唯一残る作業はADCの設定の選択です。この例では、『ADS1262』を60サンプル毎秒(SPS)の出力データレート(ODR)でSINC4フィルタとともに使用しますが、この方法はデータレートとフィルタの種類のどの組み合わせにも当てはまります。表1に、利用可能なすべてのゲインに対応する、この設定の『ADS1262』の入力換算ノイズ値を示します。今後この解析のベースライン入力換算ノイズとして、これらの値を使用します。

 

1:『ADS1262』の入力換算ノイズ(µVRMS [µVPP] ODR = 60SPSSINC4フィルタ、TA = 25°CAVDD = 5VAVSS = 0VVREF = 2.5V

 

外部アンプの選択

これでADCの入力換算ノイズを求める方法がわかりました。次のステップは、ベースライン性能と比較する外部アンプを選択することです。外部アンプが決まると、単一アンプのノイズ・モデルを一部変形したものと、第6部で得られた入力換算ノイズの計算式を使って、解析を行うことができます。実際には複数段のアンプ構成回路を評価するのですが、『ADS1262』の内蔵PGAのアンプ・ノイズは表1で示した入力換算総ノイズに含まれるため、第6部の複数段アンプ構成モデルを使用する必要はありません。図2に、等価回路ノイズ・モデルの変形版を示します。式1は、これに対応する入力換算ノイズ計算式です。

 

2ADCADS1262』とPGAノイズを組み合わせた等価回路ノイズ・モデルの変形版

 

                                   

この解析では、『OPA141』『OPA211』『OPA378』を選択しました。この3つの高精度アンプは電圧ノイズ特性が異なるため、それぞれの利点と課題がはっきりしますが、どのタイプの外部アンプでもこれと同じ解析を行うことが可能です。

 

アンプの電圧ノイズの算出

次のステップは、それぞれのアンプのノイズ電圧を求めることです。これには、それぞれの電圧ノイズ密度のプロット図とノイズ仕様が必要になります。まず、『OPA141』を見てみましょう(図3)。『OPA141』の電圧ノイズ密度は、赤で示す低周波数(1/f)ノイズ領域と、青で示すフラットな(広帯域)領域の、2つの部分で構成されています。

 

3:『OPA141』のノイズ・パラメータ表と電圧ノイズ密度プロット図 - 1/fノイズ領域を赤で、広帯域ノイズ領域を青で示す

 

このようにノイズ密度が平らでないため、『OPA141』のノイズ寄与の算出は難しくなります。狭帯域システムでは1/fノイズが支配的になり、広帯域システムではアンプの広帯域ノイズへの依存がずっと大きくなります。したがって、アンプのノイズ寄与を確定するには、まずシステムの有効ノイズ帯域幅(ENBW)を計算する必要があります。

 選択したODRでのADCのデジタル・フィルタが狭帯域なことを考慮すると、シグナル・チェーン全体でADCの帯域が支配的になると想定できます。このシリーズの第5部では、『ADS1262』のSINC4フィルタを60SPSで使ってENBWが14Hzであることを計算で求めました(このODRのフィルタの-3dBポイントからおおよそのENBWを求めることもできました)。14HzをシステムのENBWとして使用し、理想的なブリックウォール・フィルタとして『OPA141』のプロット図に重ね合わせることで、アンプのノイズ寄与が確定します(図4の紫で塗りつぶした部分)。

 

414Hzの理想的ブリックウォール・フィルタを用いた『OPA141』の電圧ノイズ・スペクトル密度プロット図

 

ENBWが小さいので、『OPA141』のノイズはほとんどすべて1/f領域に由来します。このノイズの実際値を判定するには、直接積分するか、ノイズ密度曲線の下側の面積を推定する簡易化された式を使用します。この計算を行うと、システムへの『OPA141』のノイズ寄与が45nVRMSであることがわかります。

では、これを次の『OPA211』アンプと比較するにはどうすればいいのでしょうか。図5は、『OPA211』のノイズ・パラメータとその電圧ノイズ・スペクトル密度曲線です。このプロット図は『OPA141』と形がよく似ています。紫の領域で示すのは、ENBWが14Hzと想定したときの『OPA211』のノイズ寄与です。

 

5:『OPA211』の電圧ノイズ・スペクトル密度プロット図およびノイズ仕様表

 

しかし、この紫の領域は『OPA211』がシステムに寄与する18.3nVRMSのノイズしか表しておらず、『OPA141』と比べてかなり低いものです。 そういうわけで、ノイズのプロット図の形やアンプのノイズ仕様表の値から何かを推測することは絶対に避けなければいけません。その代わりに必要な計算を実行してから、外部アンプのノイズ特性に関して判断することが非常に重要です。

3つ目のアンプの『OPA378』では、図6でわかるように、これまでの2つのアンプとは電圧ノイズ・スペクトル密度曲線が異なります。『OPA378』はチョッパ安定化アンプなので、ノイズ密度曲線はおおむねフラットであり、明らかな1/f部分がありません。したがって、データシートの電圧ノイズ密度の値(20nV/√Hz)を使って、システムに入る電圧ノイズが約76nVRMSであることを計算できます(図の紫の領域)。

 

6:『OPA378』の電圧ノイズ・スペクトル密度プロット図およびノイズ仕様表

 電圧ノイズの計算が完了したので、これらのアンプを『ADS1262』の入力側に付け加えて、システムのノイズ特性���どうなるかを見てみましょう。しかしその前に、図6で得られるもう1つのパラメータ、電流ノイズをざっと確認しましょう。

電流ノイズに関するポイント

第7部ではずっと電圧ノイズに注目していますが、図6の『OPA378』のノイズ・スペクトル密度曲線には電流ノイズのプロットも含まれています(単位はfA/√Hz)。電圧ノイズ計算と同じENBWを使って、『OPA378』の電流ノイズ寄与が759fARMSであることが計算で求まります。この値は『OPA378』の電圧ノイズと比べて大したことはないように思うかもしれませんが、電流ノイズの累積効果はこの部品にかかる入力インピーダンスに左右されることを思い出してください。したがって、どのくらいの入力インピーダンスで『OPA378』の電流ノイズが顕著になるかを理解することが不可欠です。

図7は、『OPA378』を使用して入力インピーダンスに対する総ノイズ(電圧と電流の合計)の増加率をプロットしたものです。異なるいくつかの入力インピーダンスとそれに対応する総ノイズへの影響を明示しています。例えば、入力インピーダンスが14kΩでは、電圧ノイズのみの場合と比較して、電流ノイズによって総ノイズが1%増加します。あるいは、ノイズ・バジェットに10%の増加率の余裕を見込める場合は、システムは46kΩの入力インピーダンスに対応できるでしょう。

 

7:入力インピーダンスの関数としての『OPA378』の総ノイズ(電圧と電流の合計)の増加率

 

したがって、信号ソース/センサ出力のインピーダンスが大きい場合は、電流ノイズが重要になります。しかし、測温抵抗体(RTD)や抵抗性ブリッジ回路のような標準的なセンサ入力では、通常はインピーダンスが1kΩ以下なので、電流ノイズは総ノイズにほとんど影響しません。

この例では、入力インピーダンスが小さいと想定して電流ノイズを無視することにします。ただし、完全なノイズ解析には、少なくとも電流ノイズが無視できる程度かを確認するために、電流ノイズの計算も必要です。

それでは、結果を比較するために外部アンプを『ADS1262』の入力側に付け加えて、最後まで解析しましょう。

外部アンプと高精度デルタ-シグマADC

表2に、これまで解析してきた3つのアンプのノイズ特性をまとめました。

 

アンプ

ENBW = 14HznVRMS

時の電圧ノイズ

『OPA141

45

『OPA211

18

『OPA378

76

2ENBW = 14Hzでのアンプの電圧ノイズ

 

これらの外部アンプをADCのベースライン性能と比較するには、データシートの値を用いて『ADS1262』のゲインの関数として入力換算ノイズをプロットします。次に表2の情報を使って、それぞれのアンプを『ADS1262』の入力に付け加え、式1を使ってバイナリ・ゲイン値が512V/Vになるまで入力換算総ノイズをプロットします。外部アンプを使用するときはすべてのケースで『ADS1262』のゲインを1V/Vに設定します。図8はそのプロット図です。

 

8:『ADS1262』単体の場合と『ADS1262』に3つの外部アンプを加えた場合の、ゲインの関数としての入力換算ノイズ

 

図8からは興味深い結果がいくつか得られます。最初に目に付くのは、『ADS1262』単体のときと比べて、『OPA378』と『OPA141』を使用すると、高ゲインのときでも入力換算総ノイズが実際には増加することです。一方、『OPA211』では全体的にシステムのノイズが減少します。

それに加えて、図8の曲線はすべて、ある程度のゲインから平らになります。(例えば、『OPA378』では16V/V、『OPA211』では64V/V)この転換点が、それ以上ゲインを加えても入力換算ノイズ特性に与える影響が無視できるというゲイン・リミットとして有効に働きます。(そのため、分解能の観点からは意味がありません。)

第6部で述べたように、ゲインが増加すると、総合的な入力換算ノイズ式で1段目のゲインが支配的になります(式1を参照)。この時点で、ノイズとゲインの関係は実質的に一定になります。『ADS1262』単体であっても、32V/Vで内部PGAが主要なノイズ源になり、この現象が起こります。

多くの場合、外部アンプを高分解能デルタ-シグマADCの入力に追加すると、『OPA141』と『OPA378』の場合と同じく、実際にノイズ特性に悪影響があります。これは、ADCのメーカーがデルタ-シグマADCを(該当する場合は内蔵PGAも)、比較的狭い入力信号の範囲内で正確性と精度が最適になるようにしているからです。しかし、この記事でこれまで説明してきたような高精度アンプであっても、入力信号がかなり広範囲であると見込む必要があり、そのため同程度の性能を達成するのがさらに困難になります。

外部アンプにより実際にノイズ特性が向上する場合でも、図8で示したように限度があります。さらに、外部アンプを追加することで、オフセットやゲイン誤差やドリフトなどのその他のシステム性能指標に影響する可能性があります。他にも、コストや消費電力が上昇したり必要な基板面積が増えるかもしれません。

最終的に、高分解能デルタ-シグマADCを使用するときには、シグナル・チェーンにおけるアンプの目的を慎重に検討することが重要です。場合によっては高電圧入力を減衰するなどのためにアンプが必要になるかもしれませんが、設計をうまく行うにはシステム・ノイズに与える影響を理解することが不可欠です。

「信号の分解」シリーズの第8部では、シグナル・チェーンに与えるリファレンス電圧ノイズの影響について説明します。

重要なポイント

以下は、アンプのノイズがデルタ-シグマADCに与える影響をより良く理解するうえで重要なポイントをまとめたものです。

  • 総合的なアンプ・ノイズの確定方法を理解する
  • ソースの出力が高インピーダンスの場合は電流ノイズの影響を考慮する
  • 内蔵PGAの利点
    • データ収集システムを設計する際に必要な計算が少なくて済む
    • 分解能と精度が最適化されている
  • ゲインが高いと必ず分解能が増えるとは限らない。使用するアンプ、ADC、およびシステムのENBWに依存する
  • アンプは、ノイズに加えてその他の性能指標にも影響する場合がある(オフセット、ドリフトなど)

 

著者紹介

Bryan Lizon(Texas Instruments)

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