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業務用オーブンの温度を管理する高精度温度測定ユニットのような高分解能センサ測定システムを設計することになったと想定してみてください。このようなシステムを作成するためには、温度計測用の熱電対をオーブンに取り付け、熱電対のリード線を測定システムに接続します。すると、A/Dコンバータ(ADC)からデジタル・コードが出力されます。では、このコードに対応する実際の温度をどうやって判断するのでしょうか。

アナログ回���設計ではベースラインとして電圧リファレンスを使用し、このベースライ���を基準にアナログ測定が行われます。この例では、リファレンスの公称電圧により出力コードが確定し、このコードは決まった温度に対応しています。リファレンスの電圧を変更すると、出力コードも同様に上下することになりますが、測定温度は変わりません。

出力コードは電圧リファレンスの値に直接関連しているので、ノイズが多かったり精度が低かったりする電圧リファレンスからは、同じように信頼性の低い測定結果しか得られません。そのため高分解能システムでは、適切な電圧リファレンスを選ぶことが、高精度ADCを選ぶことと同じくらい重要になります。

「信号の分解」シリーズ第8部では、さまざまなノイズ源が高精度デルタ-シグマADCに与える影響をより深く理解するために、電圧リファレンス・ノイズに関連する次のトピックを取り上げます。

  • リファレンス・ノイズとADCノイズ
  • ゲインがリファレンス・ノイズに与える影響

次回、第9部では、第8部の観察結果を検証し、リファレンス・ノイズを低減させる方法をいくつか紹介します。同時に、リファレンス・ノイズが低分解能および高分解能ADCに与える影響も詳しく検討します。

リファレンス・ノイズとADCノイズ

このシリーズの第2部では、ADCのノイズ特性を判断するのに使われる2種類の測定方法である正弦波入力と入力短絡について説明しました。正弦波入力方法は、名前からわかるように、ある特定の振幅と周波数を持つ正弦波を入力し、この信号がADCでどのように量子化されるかの特性を明確にします。一方、入力短絡方法は、デバイスの入力を短絡させて、熱ノイズによる出力コードのわずかな変動を測定することで、DCでのADC性能を判断します。図1は、これらのノイズ測定方法を示したものです。

1:正弦波入力テスト構成(左)と入力短絡テスト構成(右)

 式1に示すように、ADCの出力コードは、ADCの入力信号の振幅(VIN)をADCのリファレンス電圧(VREF)で割ったものに比例します。

                           

正弦波入力方法のように、ADCの特性を明確するためにゼロ以外の入力信号を使用するとき、その出力コードにはリファレンス・ノイズがいくらか含まれます。目的はADCノイズのみの特性を明確にすることですが、このリファレンス・ノイズは例外なく、信号対雑音比(SNR)や信号対雑音比+歪み(SINAD)などの、ADCのデータシートに示されるノイズ・パラメータの一部として含まれます。

したがって、正弦波入力方法で特性判断されるデバイスでは、ADCのテスト構成と類似したシステムを使用することで、データシートに示された特性と同等のADCノイズ特性を実現できます。

 一方、入力短絡方法では、0Vの入力信号を使用して、信号が存在しないときのADCの出力コードの変動を測定します。この場合、式1の比は常に0Vと等しいため、出力にリファレンス・ノイズは現れません。ADCの固有ノイズより小さい入力を確実に測定することは期待できないので、入力短絡方法によりADC分解能の絶対限度が規定されます。入力を短絡した結果として、入力換算ノイズや有効分解能などのデータシートのノイズ・パラメータには、リファレンス・ノイズの影響は含まれません。この種のADCでゼロ以外の入力信号を測定したい場合は、それまでは現れなかった電圧リファレンス・ノイズにより、出力で現れる総ノイズがADCのデータシートに記載される以上に増加すると考えておかなければなりません。

 電圧リファレンスで追加されるノイズの量を判断するために、図2ではADCノイズ、リファレンス・ノイズ、および合成ノイズの関係を、フルスケール範囲(FSR)の使用率の関数として示します。図2およびこれ以降の説明は、ADCノイズがリファレンス・ノイズよりも低い場合(NADC < NREF)に適用できます。逆の場合は(NADC > NREF)、ADCノイズの方が相対的に高いため、電圧リファレンスのノイズを低減してもほとんどあるいはまったくメリットがないでしょう。 

2:正のFSR使用率の関数としてのADCノイズ(青の棒グラフ)、リファレンス・ノイズ(赤の棒グラフ)、ADCノイズとリファレンス・ノイズの合成(緑の線グラフ)

図2には3つの重要な点があります。

  • A:この点は、入力電圧が0Vのときの総ノイズです。点Aは入力短絡によるノイズ測定テストの定義と同じ条件を使用するため、ADCのデータシートから直接読み取れます。
  • B:この点は、入力電圧がリファレンス電圧と等しいときの総ノイズです。つまり、フルスケールの値です。一般に、リファレンス・ノイズとADCノイズの二乗和平方根(RSS)をとって点Bを確定します。しかし、図2のケースのようにADCノイズよりリファレンス・ノイズの方がずっと大きいと、点Bはリファレンス・ノイズのみの場合とほぼ近似になります。どちらにしても、電圧リファレンス・ノイズの値は電圧リファレンスのノイズ特性などのいくつかの要素に左右されるため、一般的にデータシートから直接読み取ることはできません。図3に、2.5V高精度電圧リファレンスであるTIの『REF6025』の出力ノイズ・スペクトル密度を示します。

3:『REF6025』の出力ノイズ・スペクトル密度のプロット図

 

図3で、低周波数ではノイズ密度が著しく増加する(1/fノイズ)のに対し、高周波数ではノイズ密度が比較的平らである(広帯域ノイズ)ことに注目してください。このシリーズの第7部で解析したいくつかのアンプのように、リファレンス・ノイズ特性はどの周波数でも一定であるとは限りません。

幸い、直接積分または簡易化された式などの、アンプ・ノイズの計算に使用したのと同じ方法を用いて、リファレンス・ノイズを計算することができます。有効ノイズ帯域幅(ENBW)によりシステムに入るリファレンス・ノイズのカットオフ周波数がわかるため、この方法を用いるにはシステムのENBWも計算する必要があります。

  • C:この点は、両端の点Aと点Bの間にある任意の一般的なノイズ値です。点Cを算出するには、式2を用います。 

                        

式2で、点BはFSRの使用率に応じて増減します。一般に、式2を用いることで、点Aと点Bを含め、図2のグラフの任意の点での総ノイズを確定できます。

式2の結果で1つ重要なのは、NADC < NREFという条件だとすると、使用率に関係なくリファレンス・ノイズが支配的になる点が存在することです。この点のときに信号振幅を増加しても、ノイズ特性へのメリットはありません。これは、一般的に信じられている、入力信号のゲインを上げると必ずノイズが減少するという考えとは一致しません。

むしろ、システムのノイズ要件を満たすには、ゲインの増加とFSR使用率のバランスを取ることが必要です。では、例を使ってゲインとリファレンス・ノイズの関係を確認しましょう。

リファレンス・ノイズへのゲインの影響

この例では、引き続き図3に示した『REF6025』を使って、24ビット、デルタ-シグマADC『ADS1261』と組み合わせます。このADCは低ノイズで、プログラマブル・ゲイン・アンプ(PGA)が内蔵されており、この両方の特長からリファレンス・ノイズとゲインとの関係がよりはっきりします。これらの選択だけでなく、ADCと電圧リファレンスのどの組み合わせにもこの解析を適用することができます。図4に、この例の構成を示します。

4:『ADS1261』および『REF6025』を使用したシステム構成

 第6部のアンプのノイズ解析と同様に、図4の部品を「ノイズなし」デバイスと、各コンポーネントのノイズに相当する前段の電圧源とに分解できます。ADCノイズ(VN,ADC)は『ADS1261』のデータシートから直接読み取れますが、電圧リファレンス・ノイズ(VN,REF)は『REF6025』のデータシートとシステムのENBWを使って計算する必要があります。幸い、このシリーズの第5部で説明した概算を求める方法を使って、システムENBWを確定することができます。この場合、60サンプル毎秒(SPS)の出力データ・レート(ODR)と『ADS1261』の低レイテンシ・フィルタを使用するとき、ENBWは13Hzになります。これにより、『REF6025』を使用するとき、ノイズが約1.2µVRMSであると導かれます。

最後に、利用可能なすべてのADCゲインを使用できるような入力信号を選択しなければなりません。『ADS1261』の最大ゲインである128V/Vを使用すると、2.5Vのリファレンス電圧を使用したときの最大差動入力電圧は±19.5mVです。表1は、このシステム仕様をまとめたものです。 

パラメータ

入力信号 (mV)

±19.5

ENBW (Hz)

13

REF6025のノイズ (µVRMS)

1.2 (at 13Hz)

ADCデータ・レート (SPS)

60

フィルタの種類

SINC 4

ADCゲイン

1:128 (binary)

ADS1261のノイズ

(see data sheet)

1:『ADS1261』と『REF6025』を使用した例のシステム仕様

 これで、『ADS1261』のPGAのゲインの関数として各部のノイズをプロットし、ゲインがADCとリファレンス・ノイズに与える影響を確認できるようになりました。それぞれの段でのシステムの有効分解能を計算して、リファレンス・ノイズの侵入がシステムのダイナミック・レンジに与える影響を把握することもできます。この状況の「有効分解能」は19.5mVの信号を使って算出されており、ADCのデータシートで一般的なように各ゲイン設定で使用可能な最大FSRを使用していないことに注意してください。図5に、『ADS1261』のプロット図を示します。

5:ゲインの関数としての『ADS1261』のノイズ、リファレンス・ノイズ、有効分解能

 図5からは、正のフルスケール範囲を100%使用したときでも、ADCノイズと比べてリファレンス・ノイズがほぼ無視できる程度であることがわかります。入力電圧が非常に低いため、ゲインが変化してもシステムに入るリファレンス・ノイズの量に影響はありません。しかし、ゲインの変化によりADCノイズが低減することで、(予想通り)実際に総ノイズが低減しました。

 興味深いのは、図2と図5の両方ともに(アンプのノイズ解析のときと同様に)有効なFSR使用率に限界があることです。この限界点以上に入力信号を上げても、システム・ノイズの観点からはメリットはありません。図2では、使用率が40%のときにそうなります。図5では、有効分解能曲線が平らになり始めるおおよそ32V/Vのゲインからこの限界が始まります。

 (これらの限界点は、この入力電圧、ノイズ帯域幅、ADC、およびリファレンスの組み合わせに特有のものです。組み合わせが異なるとこのシステム限界も変化するので、ノイズ特性の悪化を避けるには、どのシステムでもこの限界点の位置を計算で求めることが重要です。)

 さらに、図2と図5からは、ADCノイズと電圧リファレンス・ノイズを一致させることが(これらが回路のパラメータと関係するため)重要であることがわかります。入力信号が小さくて変更もできない場合は、入力信号を増幅することでADCノイズが低減し、そのためシステムの総ノイズも低減します。実際にシステムに入るリファレンス・ノイズが非常に小さくなるので、結果としてノイズの多いリファレンスでも使用できるようになるかもしれません。

 それと比べて、入力信号が中間スケールより大きい場合は、リファレンス・ノイズが支配的になることが予想できます。この場合、必ずADCノイズとリファレンス・ノイズが同等であるようにしてください。そうしないと、実際には使用できない電圧リファレンス性能にお金を払うことになってしまいます。幸い、リファレンス・ノイズの影響を抑えて高精度のシステムを維持する方法はいろいろあります。詳しくは第9部をご覧ください。

重要ポイントのまとめ

電圧リファレンスのノイズがデルタ-シグマADCに与える影響を理解する際の重要ポイントを以���にまとめました。

  • リファレンス電圧からのシステムへのノイズ寄与は、FSR使用率により増減する
  • アンプと同様にリファレンス・ノイズには1/f領域と広帯域領域がある
  • 有効なFSRにはシステムのリファレンス・ノイズによる限界があり、それ以降は信号ゲインを上げてもノイズ特性は向上しない
  • ゼロ以外の入力信号での分解能の悪化を避けるために、リファレンス源のノイズ振幅をADCのノイズ特性と一致させるようにする

 

著者紹介

Bryan Lizon(Texas Instruments)

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