信号の分解:電源ノイズがデルタ-シグマADCに与える影響の理解(第11部)


これまで「信号の分解」シリーズでは、A/Dコンバータ(ADC)の外付けあるいは内蔵のアナログ部品から生じるノイズに注目してきましたが、このシリーズの最後のトピックでは電源に起因するノイズを分析します。このノイズは、ADCの外側で発生します。ノイズの多い電源をクリーンにする低ドロップアウト(LDO)レギュレータや、入力電圧範囲を拡張するチャージ・ポンプといった、電源管理機能を内蔵するADCもありますが、これらの機能だけでなくADC自体にも、外部の電源からの給電が必要です。そして、ミクスト・シグナル・データ収集システムの他の部品と同様に、電源もノイズの原因となります。

 幸いにも、電源ノイズの解析は、このシリーズで述べてきた他のノイズ源と同じように行うことができます。電源がある程度ノイズに寄与することは想���できるでしょうが、システム性能にどれくらい影響するかは、電源から来るノイズのレベルや種類によって変わります。例えば、携帯用アプリケーションに使われる3Vリチウムイオン電池は、ADCの特性評価に使われる高精度のベンチトップ電源に比べると一般的にノイズが多く、そのため出力電圧の変動が大きくなります。目的のアプリケーション用の電源と電圧レールを選択し終わった段階で、ADCの性能に影響を及ぼす電源ノイズを低減するための方法がいくつかあります。

「信号の分解」シリーズではシグナル・チェーン設計に焦点を当てているので、使用する電源(およびそこからのノイズ寄与)は決まっていると仮定しましょう。電源ノイズの寄与を変えられるような電源設計手法については、ここでは扱いません。その代わりに、以下のコンセプトを通して、このノイズがADCの出力にどう影響するかに注目していきます。

  • 電源ノイズの種類と発生源
  • 電源ノイズ除去の測定と定量化
  • ADCの電源それぞれのノイズがシステム性能に与える影響

 次回、最終回となる第12部では、高精度ADCの評価モジュール(EVM)を用い、今回述べる理論を実際例に当てはめると共に、電源ノイズを軽減する手法について説明していきます。

電源ノイズの種類と発生源
どのアナログ・シグナル・チェーンであっても、結局はバッテリかACライン電圧のどちらかから電力を得ることになります。このどちらを選んでも、多くの場合は何らかの形の電源調整回路により、システムの他の部分のために電力を調整します。電源に加えて、アクティブおよびパッシブの調整部品も、ある程度ノイズに寄与し、それらのノイズは予測電圧からの変動として電源の出力に現れます。この変動は、出力における一定したDCシフトのように見えるときもあれば、ある周波数と振幅のAC信号が出力に加わっているように見える場合もあります。

後者はACライン電圧の電源システムに特有のように思われるかもしれませんが、バッテリ駆動システムにもACノイズが含まれることはあります。電源調整部品それ自体も、性能に影響するノイズに寄与することが考えられます。電源調整部品とは、LDO、DC/DCコンバータ、スイッチモード電源(SMPS)などです。すべての電子部品が熱ノイズに関係があるように、LDOも主に熱ノイズに寄与します。熱ノイズに加えて、スイッチング・デバイスによる大きな過渡電流が加わります。過渡電流は一般に、公称出力電圧を中心として低周波数リップル(通常100kHzから1MHzの範囲)と高周波数スパイク(100MHz以上)の2つで構成されます。図1に、スイッチング・リップル、過渡電流スパイク、および熱ノイズをオシロスコープでプロットしたものを示します。

 

1SMPSノイズ(過渡、リップル、熱ノイズ)

 

ACノイズは、電源調整部品の他にも、クロックやクロック・バッファなど同じ電源を利用する他のスイッチング部品から来ることもあれば、周囲照明やその他の環境要素によっても発生します。

結局のところ、どの電源を使ったとしても、使用するADC電源には、熱ノイズとスイッチング・ノイズが混在して含まれることになるでしょう。しかし、電源ノイズはADCの外部で発生するため、半導体メーカーが規定できるのは、ADCがこのノイズをどれくらい効果的に除去できるかだけです。この仕様は電源除去(PSR)と呼ばれます。


電源ノイズ除去の測定と定量化
ADCのPSRは、その電源の変化(ΔVSUPPLY)に対するADC出力の変化(ΔVOUT)を表します。PSRは比率としてデシベル表記で示されることがよくありますが、この比率を電源除去比(PSRR)と呼びます。暗にマイナス符号を含むため、PSRRを示すには慣習的に絶対値が使われることに注意してください。PSRRは式1で求められます。



                      (1)

 ADCデータシートのPSRRは、PSRRDCとPSRRACという2つの別々の方法を使って規定されていることに気づくでしょう。PSRRDCは、電源のDCシフトによりADC出力がどれくらい変化するかを表します。PSRRACは、出力��電源ノイズがどれくらい現れ��かを表します。第2部で述べたADCノイズ測定と同様に、ADCメーカーが使用するPSRRの測定方法も、ADCの測定対象となる信号の種類により変わります。

例えば、低速のセンサ計測アプリケーションでは、通常、TIの24ビット、デルタ-シグマADC『ADS1261』など、DC性能に最適化されたADCを使用します。この超低ノイズのADCは、最大40キロサンプル/秒(kSPS)の能力があります。『ADS1261』は一般に信号通過帯域が非常に狭いため、図2にはPSRRDCのデータシート仕様を示します。このデータシートでは、アナログ電源とデジタル電源の両方について、最小値と標準値のPSRR仕様を示しています。

 

2『ADS1261』のPSRR仕様:AVDD = 5V、AVSS = 0V、DVDD = 3.3V、VREF = 2.5V、ゲイン = 1V/V、出力データ・レート(ODR) = 20SPS

 
PSRRDCを測定するために、ADCメーカーはデバイスの入力同士を短絡させ、それを通常は中間電圧に近い同相モード電圧(VCM)にバイアスして、ADCの出力でオフセット電圧を測定します。次に、電源電圧を100mVだけ変化させて、オフセット電圧がどれくらい変化するかを確認します。図3は、標準的なPSRRDC測定構成です。追加の100mVオフセット電圧を赤で示しています。

 

3AVDDに±100mVオフセットを使用するPSRRDC測定構成

 

図2に示すように、『ADS1261』の標準PSRRDCは、アナログ電源であるAVDDでは100dBです。式1のPSRRに-100dB、ΔVSUPPLY に100mVを代入し、ΔVOUTを求めると、予測されるオフセットの変化を計算できます。式1から、AVDDが100mV変化すると、ADC出力のオフセット電圧に1µVの変化が生じます。

図4は、電源の変化による出力オフセット電圧の変動を時間ドメインで示したものです。出力オフセット電圧の振幅は、図2と同じ条件を使って規定された、『ADS1261』の公称オフセット電圧である50µVを中心としています。

 

4『ADS1261』を使用した場合に、AVDDの100mVの変化によるオフセット電圧の変化


それと比べて、振動監視といった広帯域アプリケーションは信号通過帯域が広くなくてはならず、そのために帯域幅が高いADCが必要になります。そのようなADCは不要な高周波数成分が多くなる傾向があり、これは対象の信号帯域幅に折り返すか直接入り込みます。このような理由から、広帯域ADCでは、PSRRACを使ってPSRを規定するのが一般的です。図5は、最大512kSPSのサンプリングが可能なTIの24ビット、高速デルタ-シグマADC『ADS127L01』のPSRR仕様を示しています。

 

5『ADS127L01』のPSRR仕様:TA = 25℃、AVDD = 3V、内部LVDD、DVDD = 1.8V、VREF = 2.5V

 

PSRRACの測定構成は、ADCの入力同士が短絡され、次に中間電圧の同相モード電圧にバイアスされるという点で、PSRRDCの場合とよく似ています。ただし、電源にDCオフセットをかける代わりに、公称DC電源にAC信号を乗せてPSRRACを測定します。このAC信号は、特定の周波数(例えば、図5の60Hz送電線周波数)でのノイズを模しています。

図6は、標準的なPSRRAC測定構成です。ADCのアナログ電源であるAVDDに100mVP正弦波が乗っています。電源電圧が3Vの場合は、3VのDCオフセットと100mVPeakの正弦波を使用するように図6のテスト構成を作り変えます。

 

6100mVP正弦波を使用するPSRRAC測定構成

 

時間ドメインでPSRRACを計算するには、PSRRDCを求めたときと同じく式1を使用します。電源リップル(ΔVSUPPLY)として100mVPの振幅と、図5から得られる『ADS127L01』のAVDD(-90dB)を使用すると、60HzのときADC出力に3.2µVPのスイッチング・リップルが現れることが予想できます。図7に、電源のリップルと、それにより出力に現れる、ADCの公称オフセット電圧を中心とする同様なリップルを示します。

 

7『ADS127L01』を使用した場合に、100mVPの電源リップルによりADC出力に現れるノイズ

 

ADCのリファレンス電圧を使用して100mVPの電源リップルをデシベルに変換することで、周波数ドメインでもPSRRACを計算できます。図5に示される2.5Vのリファレンス電圧を使用すると、100mVPは-28dBFS(フルスケールに対するデシベル)に相当します。この場合のPSRRACは、電源リップル周波数(60Hz)で現れる、周波数スペクトルで測定されるトーンと、電源リップル振幅との差(デシベル単位)です。図8は、電源リップル振幅とADC出力に現れるノイズの両方をプロットしたものです。ここでは、その周波数でのADCのPSRRが直接それらの差となっています。

8周波数ドメインでの『ADS127L01』のPSRRAC

 

ADCの電源それぞれのノイズがシステム性能に与える影響
前のセクションでは、アナログ電源を例にして電源ノイズを測定・規定する方法を説明しました。電源電圧が1つで十分なADCには、この方法でも容認できるかもしれませんが、高分解能ADCでは最低でもアナログ電源とデジタル電源が別々になっている傾向があり、一部の高精度ADCにはさらに多数の電源が必要になります。例えば図5から、『ADS127L01』には、実はアナログ(AVDD)、デジタル(DVDD)、および低電圧変調回路電源(LVDD)という3つの電源があるのがわかります。図9は、周波数に対する各電源のPSRRのプロット図です。

 

9TA = 25°C、AVDD = 3.3V、VREF = 2.5V、HRモード、 = 1

 

図9から、『ADS127L01』の電源ノイズの影響を最も受けやすいのはLVDDだという結論を導けます。この電源を直接使用するのが、入力信号をサンプリングするADCのデルタ・シグマ変調回路であるため、このことは直観的に納得できます。であれば、このADCで最大限の性能を得るためには、LVDDのノイズが最小限になるように、LVDDに対して電源ノイズを低減する手法を適用するとよいでしょう。

さらに、図9からは、電源周波数(fPS)が約200kHzになるまでは、3つすべての電源のPSRRが相対的に一定であることがわかります。約200kHzになると、3つすべての電源でPSRRが160dBまで増加し始めます。図9では、『ADS127L01』はワイドバンド1デジタル・フィルタを使用し、512kSPSで動作しています。このフィルタ・レスポンスにより、ADCの通過帯域は約204kHzに設定されます。したがって、『ADS127L01』のデジタル・フィルタの遮断帯域減衰レベルにより、ADC通過帯域を超えた周波数の電源リップルが、さらに約116dB除去されます。これにより、3つすべての電源で高周波数のPSRRが改善します。

図9を深く読み込むことで、電源ノイズに関する2つの重要な疑問へのヒントが得られます。1つ目は、システムのPSRを考えるときに最も問題となるのはどのADC電源か、2つ目は、システムの電源ノイズ全体を低減する方法は何か、ということです。

「信号の分解」シリーズの最終回では、ADS127L01評価モジュールを使用する実際例を用いてこれらの疑問に答えながら、電源ノイズについて引き続き説明します。


著者紹介
Bryan Lizon(Texas Instruments)

テキサス・インスツルメンツ  高精度ADC製品プロダクト・マーケティング・エンジニア


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