TIの技術者チームが世界初のオンチップ・ミリ波レーダー・システムを開発したことで、カスタマーに車載レーダー・テクノロジを提供することが可能となり、その結果、より安全な車をより多くの人に届けることができるようになりました。

「ミリ波研究開発チームは“JDI”と呼ばれていました。“Just do it”、『とにかくやってみる』という意味です」開発中核チームの技術者であるVijayは、当時のチームの呼び名のことを懐かし気に話しました。世界初の車載用オンチップ・ミリ波レーダー・システムの開発は9年にわたる長い道のりでしたが、そのイノベーションには、まさにこの呼び名が表すような意気込みが必要でした。

 世界初のオンチップ・ミリ波レーダー・システムのインサイド・ストーリー パート1はこちら

Vijayはこう語ります。「その当時、CMOS(相補型金属酸化膜半導体)でのアナログ設計は不可能と考えられていました。TIは大きな会社で、中にはTIフェロー(研究員)もいたのですが、『CMOSでの高精度アナログ設計は無理だよ』とよく言われたものです」

 

しかし、それまでのTIの多くの技術者たちと同じく、開発チームは困難にひるんだりはしませんでした。研究開発の過程で24件の特許を取り、画期的なテクノロジを生み出しました。それにより、安全性の向上のために手頃な費用でTIミリ波レーダー・システムをミドル・ローレンジの車にも取り入れることが初めて可能になったのです。

中心的開発者の1人であるSrinathはこう語ります。「チームを動かすうえで、『とにかくやってみる』しかありませんでした。私たちは、ひたすら前進し、行動あるのみでした。そのためには、自分の知識や技術に自信を持つとともに、失敗を恐れずにリスクを管理する力も必要です」

チームのリーダーであるBaherによると、JDIという呼び名はミリ波の開発のときにできたわけではなく、1998年に始まったTIのワイヤレス事業の頃に、あるチームがこう呼ばれるようになったといいます。Baherは次のように振り返ります。

「JDIという頭文字は、ある意味で『もし実行可能ならば、実行するのは自分たちだ』という考え方の象徴でした。この思いでチームが一丸となりました。思い切った勇気と力強さがありましたが、初となる成功への期待を込めた深い関心もありました」

チームのメンバーにとって、このプロジェクトには個人的な思いもありました。

中心的開発者の1人であるBrianは、親友を自動車事故で亡くしています。

Brianはこう言います。「2006年のことですが、幼なじみが高速道路でコヨーテと出くわしたのです。よけようとしてハンドルを切りましたが、車が制御不能になり、中央分離帯にぶつかって、前の席の2人が亡くなりました。技術的に高度な自動運転があれば、このような命にかかわる事故を避けられる可能性があると確信しています」

ミリ波開発計画が始まった頃、Brianの年齢層の死亡原因の1位は、自動車事故を含む事故だったそうです。

「運転支援や自動運転技術から得られる恩恵に環境的、経済的、生活の質の面で匹敵するテクノロジは、他にはほとんどありません。レーダーは高度自動運転の中のほんの小さな一部分ですが、欠かせないものの1つです」

安全性の向上を実現

チームがTIミリ波テクノロジの開発に着手した頃、より高いレベルの安全性をより手が届きやすい車にも導入することだけを追い求めていました。それまで多くのTI技術者が何十年も考え続けてきた目標です。

Vijayはこう語ります。「私たちは、それまでは軍用に使われていたテクノロジを、実際に自分たちの手に入るものに作り替えました。ごく身近になったと言っていいでしょう。今では、何千ドルや何百万ドルではなく、数ドルで製造できるようになっています」

1980年代に、TIの上層部に車載用レーダーを提案したチームがありました。しかし、500ドルと競争力のある価格ではなかったため、当時はその技術が勢いを得ることはありませんでした。

ミリ波プロジェクトがKilby Labsの最初期の研究開発計画として始まったのは当然のことだったとBaherは言います。Kilby Labsとは、1958年にTIでICを発明したJack Kilbyにちなんで名前が付けられた研究開発センターです。プロジェクトは、半導体素子、モデリングとプロセス、回路設計とアーキテクチャ、パッケージ技術、システム知識、RF画像処理、アンテナ、画像処理の演算など、いくつもの分野にまたがり、厳しい動作条件も課せられました。

「越えなければならない垣根が多いほど、多くのイノベーションが生まれます」とBaherは言います。

Brianによると、2009年にプロジェクトが始まったときに追い求めたのは、複雑なミリ波システムをどう構築するか、どうやって製品化するか、そしてどうやってこのすべてをCMOSテクノロジで実現するかでした。

チームはCMOSで設計するという難しい課題を引き受けました。ミリ波テクノロジが一般にも手が届くようにするには、この基礎技術がカギだと認識していたからです。それまで非常に高価だったレーダー検知機能を2万ドルの車にも搭載できるテクノロジにするには、CMOSが唯一の手段でした。

チーム・リーダーのBaherは、当初からチームは専門知識を持つ多彩なメンバーでうまく構成されていたと言います。

「チームには強固な意気込みがありました。しっかりとした基礎と、新しいことを学ぼうとする意欲があり、短い期間に新しい分野に挑戦することを恐れない気持ちがありました」

テクノロジを統合

ビジネス事例を開発した後、チームの技術者は2012年半ばに、車載用レーダーのチップセット開発の新プロジェクトを立ち上げました。その当時、欧州で車載用レーダーを管理する規格に変更があったため、マーケットではすでに大きな変化が始まっていました。

2012年以前、車の前方レーダーまたは長距離レーダーには、77GHzの周波数が使われていました。一方で死角検知に使われるコーナー・レーダーでは、主に24GHzでした。24GHz周波数帯の使用を終了するように欧州の規格が変更されたことは、77GHzに移行しなければならないことを意味していました。

最初の実動システムは、OEMとの提携により、テスト・チップを使って2013年に構築されました。

Brianはこう語ります。「その後、最初の製品シリコンの仕様定義と実装を開始しました。それで、追加の技術開発に約2年、それから製品構築に3年かかりました」

CMOSプラットフォームにシステム構築が可能であることをチームが証明すると、さらに多くのデジタル要素を統合できるようになりました。

「いくつものバラバラのフロントエンド部分と、それに続くマイコンとDSPを使う代わりに、そのすべてを1つのデバイスにまとめることができました。つまりシステム・オン・チップです」とBrianは言います。「それから、フロントエンド・レーダー・トランシーバによって十分なインテリジェンスを組み込むことができたので、基本的にレーダー設定のすべてをチップが行い、さらに信号処理もできました」

これによって、レーダーの運用中に外部のホストが直接介入する必要がなくなり、最終システムに必要な柔軟性はすべてそのままで、より簡単にレーダーを使用できるようになりました。

チームはさらに、低コストの試験ソリューションの開発と、デバイスがそれ自体をモニタリングする方法をどう再定義するかにも時間をかけました。TIのカスタマーが最高レベルの機能安全性を実現できるようになるという意味で、自己モニタリングは不可欠な機能だったとBrianは言います。

レーダーを簡素化

以前は、レーダーの導入には広範なRF設計と専門知識が求められました。また、適切なアンテナ、RF、アナログ、デジタル・プロセッサと、それらに適したイ��ターフェイスを統合するには、高コストで面倒な設計が必要でした。しかし現在は、TIミリ波テクノロジのおかげで、独創性に富んだ数多くのプラグ・アンド・プレイ・ソリューションへの道が開けました。標準的な車載用アプリケーションに加え、多くの産業用および商業用アプリケーションで、使いやすいTIミリ波センサの恩恵を簡単に得られるようになっています。例えば、TIミリ波テクノロジを使って、高齢者の転倒を検知して介護者に知らせたり、込み入った工場内をロボットが通行するのを助けたりできます。また、セキュリティ・システムの一環として、侵入者を壁越しに発見することもできます。詳しくは、このシリーズのパート1をご覧ください。

TIミリ波テクノロジが生まれる前は、レーダー対応の安全システムは一部のハイエンドな車にしか備わっていませんでした。低コストのTIミリ波ソリューションにより、レーダー・センサをエントリー車両にも搭載できるようになり、車の安全性の向上につながっています。

「製品仕様定義からシステム実装、デバイスの具体化、さらに最終的な実証まで、懸命な努力が必要でしたが、その価値はありました」とSrinathは言います。

さまざまなテクノロジ群

しかし、このチームの努力の恩恵を受けるのは、車載用アプリケーションにとどまりませんでした。初期プロジェクトの立ち上げ後、約10年で、チームの技術者は、幅広いアプリケーションを実現するさまざまなテクノロジ群を創り出してきました。そのようなアプリケーションは、車内置き去り検知、工場のロボット操縦、人が大勢いる部屋での物理的な接触のない生体活動モニタリングなど、多岐にわたります。

2012年以来、ミリ波設計チームは社内で重要なチームに成長し、関連技術に取り組み、製品ポートフォリオ全体を開発しています。このチームは、中核チームがもともと持っていた24件を上回る、約50件の特許を新たに取得しています。

Baherはこう語ります。「重要なイノベーションに多くの人が貢献してきました。その努力が結合して、これらすべてのイノベーションが実現したのです。私たちの成功は、このような人たちすべての貢献の上に成り立っています」

ミリ波チームが現在力を入れているのは、レーダー・テクノロジの使い道を従来のマーケット以上に拡大することです。チームが生み出す製品は、世界中で視覚センシングが持っている課題の解決に役立ちます。

「すべての始まりは車載用途でしたが、手に届く価格のレーダー・テクノロジの用途を拡張し続けるために、今現在のニーズを把握し、将来のニーズを予測することにチームの重点を置いています」とBaherは言います。

より良い世界を創造するという情熱

TIは、半導体を通して、より手頃な価格の電子機器を開発することで、より良い世界を創造することに情熱を注いでいます。TIが長い間このように取り組んできたのは、時には小さな、時にはブレイクスルーとなるイノベーションが何世代も互いに積み重なることで、効率と信頼性が向上した、より小型で低コストの電子技術、つまりTIミリ波のようなテクノロジが実現されるからです。

Vijayはこう語ります。「命を守るためのテクノロジを、より多くの車に導入しなければならないと考え、私たちは実行してきました。使いやすく低コストになったレーダーは、誰もが使える技術になっています。この技術を活用するのにもう博士号は必要ありません」

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※上記の記事はこちらの技術記事(2020年10月6日)より翻訳転載されました。 
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