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車載機器向けの電子サブシステムが普及したことで、車載という過酷な環境条件で動作可能な、小型、高コスト効率、高信頼性のDC/DC電源コンバータの需要が大幅に増加しています。車載バッテリの安定時電圧は、充電状態、周囲温度やオルタネータ(交流発電機)の動作条件などによって9V~16Vの範囲で変化しますが、電源レールも、スタート/ストップ、コールド・クランクやロード・ダンプの過渡波形などの動的な擾乱の影響を受けます [1]。自動車メーカ各社では、ISO7637やISO16750 [2,3,4]をはじめとした複数の国際標準で規定されるパルス波形テストのほか、独自かつ、詳細に渡るCI(接触イミュニティ)テスト・スイートを実施しています。表1に示す電圧低下や過電圧の過渡波形のほかに、DCバスに重畳するオルタネータのサイン波形ノイズも、特に車載インフォテインメントや照明システムに悪い影響を与えます。

ほとんどの自動車では、インダクタとコンデンサによるLCフィルタとTVS(過渡電圧サプレッサ)アレーで構成されたパッシブ保護回路を、過渡波形による擾乱の第一の防止手法としています。この保護回路の下流側に接続される車載エレクトロニクス製品は、最大40Vの過渡波形に耐え、故障しない定格となっていますが、LCフィルタで低周波の擾乱を減衰させるために必要なカットオフ周波数では、インダクタやコンデンサの面積や形状が大きくなり、実装に無理が出てきます。本稿では、高いPSRR(電源変動除去比)性能を備えた同期整流降圧-昇圧型DC/DCコンバータを使い、バッテリ電圧の安定化機能と過渡波形の除去機能を同時に提供しながら、より高い実装密度で、より洗練されたソリューションを可能にする、アクティブ・フィルタの実装の詳細について説明します。

過渡波形

原因 / 影響

振幅/ 継続時間

対応する標準規格

コールド・クランク

スターター・モータの起動によるバッテリ電圧の低下と、その後の回復

最小2.8Vの初期低電圧プラトー (U56)、 コールド・クランク期間に15ms

ISO 16750-2:2012 section 4.6.3 (OEM各社での変更もあり)

ロード・ダンプ

高電流出力時に、放電したバッテリをオルタネータから取り外し

オルタネータ内部の中央集中的なクランプ電圧と、電圧レギュレータの応答時間に対応し、US* = 35Vにクランプ

ISO 16750-2:2012 section 4.6.4

倍電圧バッテリからのジャンプスタート

倍電圧バッテリを使う電気システムを搭載した商用自動車でのジャンプスタート(瞬時印加)

24V、2分

ISO 16750-2:2012

section 4.3.1

オルタネータのレ���ュレータ故障

オルタネータの電圧レギュレータの異常で、バッテリへの充電電流をすべて印加

18V、1時間

OEM 各社独自

逆電圧

バッテリ端子の誤接続で、負極性電圧を印加

‒14V、1分

ISO 16750-2:2012

section 4.7

誘導性負荷

ファン、ウインドウ・モータ、HVAC(冷暖房空調)、ABSその他の大電流の誘導性負荷のスイッチングや切断

‒150V、 2ms (pulse 1)

+150V 、50ms (pulse 2a)

ISO 7637-2:2011

pulses 1, 2a, 2b, 3a, 3b

交流電圧の重畳

オルタネータの三相整流出力電圧の影響でバッテリのDC電圧にAC電圧が重畳

1V~4Vの振幅、50Hz~ 25kHzの周波数を掃引、2分間

ISO 16750-2:2012

section 4.4

1: 車載電源ラインの連続または過渡的な接触擾乱事象

同期整流降圧-昇圧型コンバータについて

車載バッテリからの入力電圧が、DC/DCコンバータの安定化出力の設定電圧よりも高い、同じ、または低い電圧範囲に変動し、連続した降圧-昇圧変換動作が必要になると予想される場合、安定化とコンディショニングの両機能の提供は、より困難になります。従来の降圧型または昇圧型コンバータは、それぞれ降圧、昇圧の変換機能しか提供できないため、適合しないと考えられます。 

1に、高精度に安定化された12V電源レール出力を提供する、4スイッチ同期整流降圧-昇圧型コンバータの全回路図を示します。このソリューションは、最も過酷なバッテリ電圧の過渡事象に対しても、グリッチなしで負荷への電源供給の確保を必要とする、EMU(エンジン管理ユニット)製品や、駆動機構、燃料システムや安全サブシステムなどの重要な車載機能に最適です。

この最新の降圧-昇圧型電源ステージの最大の利点は、簡素な降圧動作モードと昇圧動作モードを使い、非常に高い電力変換効率が可能なことです。従来のシングル・スイッチの反転降圧-昇圧型回路と異なり、この回路は正の出力電圧を提供するほか、簡素な磁気部品のおかげで、SEPIC、フライバック型、Zeta型やカスケード接続の昇圧-降圧型などの各トポロジと比較して、より低い電力損失や、より高い電力密度を提供します [5,6]。さらには、この4スイッチ降圧-昇圧型コンバータ回路は直覚的なトポロジ手法、コンパクトなソリューション・サイズ、昇圧モードでの制御されたスタートアップと短絡保護、簡素な制御と補償、それに一定のスイッチング周波数などの特長を備えています。これらの理由で、この回路は車載のバッテリ電圧の安定化に最適です。

 

1: ピーク/バレー電流モード制御を組み合わせた4スイッチ降圧-昇圧型コンバータの回路図

 

1の回路では、ゲート・ドライバIC(集積回路)、バイアス電源、電流センシング、出力電圧のフィードバック、ループ補償、プログラマブルUVLO(電圧低下ロックアウト)やノイズ低減に役立つディザーのオプションをはじめ、パワー・ステージの各部品やコントローラに、特定の製品を使用しています。ここでは、ソリューションの基板実装面積の縮小と、AM放送の周波数帯への妨害の防止のため、400kHzのスイッチング周波数を選択しました。

4本のパワーMOSFETをHブリッジとして使い、降圧レグと昇圧レグを構成し、SW1とSW2の各スイッチ・ノードを電源インダクタLFに接続しています。入力電圧が、出力電圧よりも適度に高い場合には従来の同期整流降圧型、適度に低い場合には同期整流昇圧型の動作となり、反対側の、スイッチングしてないレグのハイサイド(高圧側)MOSFETは導通して電流経路となります。しかし、この降圧-昇圧型回路の最大の特長は、入力電圧が出力設定電圧に近づいた場合の降圧-昇圧動作の遷移領域に、独自の手法が採用されていることであり、この場合には降圧レグと昇圧レグのそれぞれのスイッチが、半分のスイッチング周波数で位相シフトされインターリーブ動作を行います。この動作は、変換効率や電源損失の面で特に有利です [7]。昇圧動作ではピーク電流モード、降圧動作ではバレー電流モードとなり、これらを組み合わせた制御アーキテクチャは、スムースなモード遷移が可能であり、必要なのは、電流センシングのための1本のローサイド(低圧側)シャント抵抗だけです。

構成部品

部品番号

基板実装面積と形状(mm)

降圧レグMOSFET 2本/40V 8mW

Infineon IPZ40N04S5-8R4

3.3 ´ 3.3 ´ 1.0

昇圧レグMOSFET 2本/25V 4mW

Texas Instruments CSD 16340Q3

3.3 ´ 3.3 ´ 1.0

インダクタ 3.3mH 6mW 26A

Panasonic ETQP6M3R3YLC

10.7 ´ 10.0 ´ 6.0

入力コンデンサ10mF 50V X7R

TDK CGA5L1X7R1H106K (4 per)

3.2 ´ 1.6 ´ 1.6 (EIA 1206)

出力コンデンサ22mF 25V X7R

TDK CGA6P3X7R1E226M (6 per)

3.2 ´ 2.5 ´ 2.5 (EIA 1210)

広い入力電圧範囲の降圧-昇圧型 コントローラ

Texas Instruments LM 5175- Q1

9.7 ´ 6.4 ´ 1.2 (HTSSOP-28)

2: 4スイッチ同期整流降圧-昇圧型 コンバータの基本構成部品

 

2 に、入力電圧と負荷変動に対する、電力変換効率と各部品の電力損失を示します。この変換効率特性は、1のコンバータ回路を元に導き出しました。基本的な構成部品を2に示します。総合的な電力損失を考慮すると、この12Vの安定化出力のコンバータは、広範囲の入力電圧と出力電流で95パーセントを超える電力変換効率を非常に簡単に可能にすることがわかりました。

 

2: 4スイッチ同期整流降圧-昇圧型コンバータの、(a) 負荷電流、 (b) 入力電圧の変化に対する、変換効率のプロットと各部品の電力損失の分析 

オルタネータで発生するサイン波リップル電圧について

適用可能なAF(可聴周波数)範囲内の、接触過渡波形に対するイミュニティも重要な要件の一つです。この原因の一つに、車載オルタネータの出力に発生する残留AC電流があります。オルタネータのステータ巻線は、基本的には高インピーダンス出力の三相サイン波の電流源であり、ダイオードによる全波整流器に接続されています。この整流機能によって、重複した電流パルスが発生し、そのリップルは三相信号によって決まります。1に示すように ISO 16750-2 section 4.4 の規定では、オルタネータ出力に発生する電圧リップルを、テスト・パルスの重大レベルに応じて50Hz~25kHzの周波数範囲で、振幅 UPP は1V、2V、4Vp-pと定めています(3)。

3: ISO 16750-2に規定される重畳サイン波ACテスト電圧。 (a) 50Hz25kHzの周波数範囲で掃引、(b) 2分間の掃引期間で周波数を対数変化

 

最大限のPSRRが可能

DC/DC コンバータのPSRRは、ループ帯域幅に関連し、影響を受け、昇圧モードの場合に発生するRPHZ(right-half-plane zero、右半面ゼロ)周波数に依存して、通常、スイッチング周波数の20パーセントか、それ以下に制限されます。TIの『LM 5175-Q1』のようなコントローラ製品では、入力電圧VINと出力電圧VOUTの電位差を元にPSRRを向上するとともに、入力電圧の過渡波形を除去するよう設計された適応スロープ補償付きの電流制御手法のおかげで、PSRR性能は入力電圧VIN や負荷変化の影響を全く受けていません。 

4: シミュレーションで得られたボード線図。ループのクロスオーバ周波数は、9V入力時には14kHz16V入力時 には17kHz

 

1のCSLOPEで決定されるスロープ補償の設定は、旧来の理想化されたデッドビート応答(オーバーシュートやアンダーシュートなしの応答)のために、バレー電���モードの降圧動作ではインダクタのアップスロープと等倍に、またピーク電流モードの昇圧動作ではインダクタのダウンスロープと等倍に選択されています。 

適用可能なインダクタのスロープの半分の設定でも、理論的には最適な入力電圧変動の除去が可能ですが、この場合にはループ安定のためのスロープ補償が最小限になります。4 に、シミュレーションによっ�����られ����入力電圧9V時と16V時のコンバータのオープン・ループ・ゲインと位相のプロットを示します。また5 に、対応するPSRR性能を示します。 

5: シミュレーションで得られたPSRR 性能。入力電圧9Vでは1 kHz40 dB16Vでは42 dBPSRRが得られる

実験結果

6aに、入力電圧9V時に、振幅が1Vp-pの1KHzのサイン波リップルを重畳した場合の同期整流降圧-昇圧型コンバータの出力電圧を示します。すべての電圧は、AC結合のプローブを使ったスコープで測定し、スイッチング周波数のノイズは除去してあります。入力電圧の変調は、NチャネルMOSFETのソースフォロアを直列接続して行いました。予想通り、入力信号はおよそ40dB減衰しました。

6b に、コールド・クランク・シミュレータを使い、20msに渡る最小3Vのコールド・クランク過渡事象に対する出力電圧を示します [8]。これまでに述べたように、この4スイッチ同期整流降圧-昇圧型コンバータは、このコールド・クランク事象のプロファイル中でも切れ目のない安定化動作を提供し、定格設定の12Vの出力電圧を保持しています。入力電圧が低下した場合でも、この回路の出力電圧VOUTからコントローラのBIAS入力ピンに電圧を印加しているため、使用した制御用パワーMOSFETの各ゲートは適切な振幅で駆動されます。

6: 4スイッチ 降圧-昇圧型 コンバータのリップル除去比の実測波形。(a) 9V DC入力、 (b) コールド・クランク性能

まとめ

この4スイッチ同期整流降圧-昇圧型コンバータは、高いPSRRと過渡波形に対するイミュニティ、高効率、そして低い原材料費を約束することから、高精度の電圧安定機能が可能な、コンパクトで高いコスト効率のソリューションを車載アプリケーションに提供し、体積の大きなパッシブ・フィルタ部品も不要にします。この降圧-昇圧型コントローラ・ソリューションはAEC-Q100 車載規格の認定取得済であり、数々の車載サブシステムへの実装に役立ちます。

参考文献(英語)

<著者紹介>

ティモシー・ヘガーティ(Timothy Hegarty

Texas Instrumentsパワー製品ビジネスユニット システム・エンジニア

アリゾナ州フェニックスにて従事。IEEEパワーエレクトロニクス学会会員でもあり、高効率絶縁/非絶縁コンバータ、広入力範囲PWMレギュレータおよびコントローラ、共振コンバータ、再生可能エネルギーシステム、システムレベルのシミュレーションを専門分野とする。アイルランドのコーク大学にて、電気工学の学士号および修士号を取得。TI入社以前は旧National Semiconductor、Artesyn Embedded TechnologiesおよびMelcherに在籍。

2016年11月21日マイナビニュース掲載のテキサス・インスツルメンツ寄稿記事を転載