店舗のPOSシステムから競技場のデジタル・サイネージまで、イーサネットは身の回りのあらゆるところに存在し、産業用オートメーション・プロセスの一部にも使われています。どこにでも活用されているイーサネットですが、広く常用されるようになるのはまだこれからの領域もあります。この記事では、特にその領域の1つである、遠隔での産業用、ビル・オートメーション、プロセス・オートメーションといったアプリケーションに使われる10Mbpsの長距離(1km超)2線式ネットワークを取り上げます。図1のフィールド・センサはその一例です。
図1:10BASE-T1Lイーサネット対応フィールド・センサ
これらのアプリケーションにイーサネットがまだ「届いていない」理由はいくつかありますが、一番大きいのは、最近までこのケーブル長をサポートするイーサネット規格がなかったことです。規格が定義されていないので、ネットワーク構築のある部分には既存のイーサネット規格を、残りの部分には別の通信方法を使用しなければなりませんでした。しかしこの方法では、混在するプロトコルをサポートするゲートウェイを追加するとい��た課題が生じ、そのためにシステムが大幅に複雑になります。
使用���るケーブルにも課題があります。通常2~4本のツイスト・ペア・ケーブルを使用する図2のような標準的なイーサネット実装は、シングル・ペア通信に対応するように作られていません。
図2:ビル制御アプリケーションにおける10/100Mbps通信向けの標準的イーサネット・インターフェイス
ファクトリ・オートメーションやビル・オートメーションの設計の多くでは、長距離アプリケーションに4~20mA電流ループ、HART(Highway Addressable Remote Transducer)、CC-Linkといった既存のシングル・ペア・フィールドバス技術が既に使われている可能性が高く、そのネットワークにプロトコル変換を介してイーサネットを追加すると、ケーブルのコストと重量が増加することが考えられます。
一方で、シングル・ペア・イーサネットPHYは、特に10BASE-T1L規格に対応するものは、産業用通信の帯域幅を広げ、ネットワークのインターフェイス・プロトコルを統一しながら、ケーブルのコストの増加やネットワークの複雑化を避けたい場合に役立つよう設計されています。
単一のケーブルでさらに遠くまで10Mbpsイーサネット信号を伝送
IEEE 802.3cg 10BASE-T1L規格に対応したイーサネットPHY、『DP83TD510E』をご紹介します。このデバイスは、プロセス、ファクトリ、ビル・オートメーション・アプリケーションにおいて産業用通信を最長1.7kmまで延長できるように設計されています。 |
シングル・ペア・イーサネットとは
最も基本的なレベルで言うと、シングル・ペア・イーサネットとは単一のツイスト・ペア・ケーブルによるイーサネットです。この規格では、単一のツイスト・ケーブルに電力とデータを混在させることも可能になります。これは、PoDL(Power over Data Line)とも呼ばれます。
表1に示すように、シングル・ペア・イーサネット規格は全体が3つのカテゴリで構成されます。
Standards |
IEEE 802.3cg 10BASE-T1L |
IEEE 802.3bw 100BASE-T1 |
IEEE 802.3bp 1000BASE-T1 |
Bandwidth |
10 Mbps |
100 Mbps |
1000 Mbps |
Cable reach specification |
1,000 m (2.4 V p2p); 200 m (1 V p2p) |
50 m |
15 m |
Power dissipation |
<110 mW |
<220 mW |
<600 mW |
Communication |
Full duplex |
Full duplex |
Full duplex |
Media Access Control interface |
Media Independent Interface (MII), Reduced Media Independent Interface (RMII) |
MII, RMII, Serial Gigabit Media Independent Interface (SGMII), Reduced Gigabit Media Independent Interface (RGMII) |
RGMII, SGMII |
Available TI PHYs |
DP83TD510 |
DP83TC811 |
DP83TG720 |
シングル・ペア・イーサネットのそれぞれのカテゴリは「xBASE-T1」という形で命名されています。その実装形態に応じて、1Gbpsシングル・ペア・イーサネットは1000BASE-T1、100Mbpsは100BASE-T1、10Mbpsは10BASE-T1Lまたは10BASE-T1Sとなります。3つのカテゴリには、それぞれ関連するIEEE(米国電気電子学会)802.3承認規格があります。表1に、カテゴリごとの主な違いをまとめました。ここでは、10Mbps長距離ネットワーク向けの10BASE-T1Lに注目して議論していきましょう。
10BASE-T1Lシングル・ペア・イーサネットの主な利点
シングル・ペア・イーサネットを用いることで、使用するケーブルが減ることに加えて、プロトコル変換やその他の中間調整が不要になり、オペレータとエッジ・ノードの間の高速でシームレスなデータ伝送が可能になります。このようにデータ伝送の自由度が上がることで、前述のような課題を解決し、予防保全とシステムの健全性、安全性、処理能力の強化に必要となる大容量データ伝送を支えます。
図3に示すように、接続性が拡張されることで、インターネットに接続する機器のアプリからフィールド・トランスミッタやビルディング・コントローラといった非常に離れた場所にあるエッジ・ノードまでイーサネットで結べるようになり、長距離ネットワークを断念したりデータ伝送速度を犠牲にしなくてもよくなります。場合によって、一部の旧式のフィールド・バス・プロトコルからアップグレードする際には既存のワイヤ・ハーネスを再利用することも可能です。
図3:ビルディング・コントローラの10Mbps通信に使われるシングル・ペア・イーサネット・インターフェイス
『DP83TD510』のような10BASE-T1Lシングル・ペア・イーサネットPHYは消費電力が低いため、システムの電力バジェットに余裕が生まれ、他の重要なシステム・コンポーネントに回すことができます。このような電力効率の向上が非常に重要なのは、運用コストが全体的に削減されるとともにCO2排出量の削減につながる可能性もあるからです。また低消費電力であるため、イーサネットAPL(Advanced Physical Layer)規格の外部終端方式に適合し、その仕様で定義される本質安全性を実装するのが容易になります。『DP83TD510E』を使用することでネットワーク通信の到達範囲を拡大する方法について詳しくは、アプリケーション・ノート「IEEE 802.3cg 10BASE-T1LイーサネットPHYによりネットワーク通信の到達範囲と接続性を拡大」(英語)をご覧ください。
IEEE 802.3cgが開発され、1対のツイスト・ケーブルでデータをより速くより遠くへ伝えることが可能になりました。この技術革新のおかげで、ネットワーク上の非常に離れたところにあるエッジ・ノードにもイーサネットを導入でき、世界中のどこにあっても同じネットワーク・プロトコルに対応できるようになります。
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※上記の記事はこちらの技術記事(2020年10月5日)より翻訳転載されました。
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