産業用製品の小型化を目指す最近のトレンドが原因で、高精度データ収集システムの開発は複数の新たな課題に直面しています。設計者は、システム全体でソリューション・サイズと消費電力のバランスを維持しながら、より広い帯域幅でより高精度の信号測定を可能にするため、開発工程全体でトレードオフに関する判断を下す必要があります。
この記事では、これらの課題について詳細に説明し、産業用システムで A/D コンバータ (ADC) が果たす役割に注目します。
AC と DC の性能向上し、パッケージの50% 小型化を実現 | |
高精度かつ広帯域の ADC である『ADS127L11』の採用で、チャネル密度を最大化 |
ADC のパッケージ・サイズ
コンシューマ・エレクトロニクス製品と同様な傾向として、産業用機器でもサイズ縮小と消費電力削減の両方を求める流れが強くなっています。機能や性能を犠牲にしないことを前提として、ユーザーはデータ収集機器のいっそうの小型化、軽量化による携帯性またはそれに近い可搬性を希望します。その方が、複数のラボ間での移動や、現場への持参が容易になるからです。PLC (プログラマブル・ロジック・コントローラ) の各種プラグイン・モジュールを小型化すると、工場の現場にある制御パネル内部で占有する面積が少なくて済みます。第 2 に、機器の保管に使用する機材置き場のスペースや、予備の部品を確保しておく予備在庫品置き場も縮小できます。
もちろん、製品設計の小型化は、その内部に配置する各種電子部品のサイズに直接関連しています。図 1 に、データ収集システムのレイアウトの例を示します。ここでは、4 次ローパス・フィルタを搭載した完全差動アンプである TI の 『THS4551』 を、バッファ内蔵の電圧リファレンスである 『REF6041』、広帯域 ADC である 『ADS127L11』 と組み合わせて使用しています。最新の技術進歩の結果、コンバータがもはや設計で最も大きな部品ではないことは注目に値します。
図 1:アナログ・フロント・エンド向けの一般的なプリント基板 (PCB) レイアウト
ADC の消費電力
ポータブル機器でバッテリ駆動時間を延長するためには、消費電力を最小化することが重要です。それに加えて、消費電力の低減も、機器の小型化と軽量化、そしておそらくはコスト削減に貢献します。たとえば、従来はバッテリ・セルを 4 個並列接続していたものを 3 個に減らすことができるかもしれません。
消費電力の低減は、オフライン電源機器にも利点をもたらします。消費電力が小さければ、筐体内部での温度上昇が小さくなります。その結果、IC (集積回路) の平均接合部温度が低下し、(アレニウスの法則により、温度が 10℃ 下がることに電解コンデンサの寿命は 2 倍になることから) 製品の寿命を延長できます。状況によっては、ファンによる強制冷却を低減または除去できます。逆に言うと、通風の必要がなくなって製品の筐体または制御パネルから通風口を除去できる場合、PCB の表面に付着するほこりや凝縮する水蒸気の量を減らすことができます。フィールド機器を長期間にわたって過酷な環境で運用する状況では、ほこりや水滴は機器に問題を引き起こす可能性があります。
また、消費電力の削減は、電源の磁気素子全体のサイズを小型化することにもつながります。もちろん、このサイズ縮小は、より小型の筐体オプションの採用につながります。
ADC の分解能
リファレンス電圧や入力シグナル・コンディショニング回路などのノイズ源は、データ収集システムの測定分解能に制限を課す可能性があります。ただし、そのようなノイズの影響を最小化するのに役立つ、多くの適切な部品が選択肢として存在しています。振動監視や音響監視、また汎用データ収集など、AC 信号を測定する各種産業用機器にとって、システム分解能を決定づける主な要因はほぼ確実にコンバータです。したがって、コンバータはトーン周波数や他のスプリアス周波数の影響を受けないようにする必要があります。それらは測定分解能に制限を加えるからです。ほかに、小さい信号レベルを正しく分解できるように広帯域ノイズが小さいことや、良好なスペクトル性能を達成できるように歪みが小さいことも求められます。
図 2 は、高精度データ収集システムにとって良好なスペクトル性能を達成した例です。このデータの取得に使用したシステム・コンポーネントは、先ほどと同じ 『THS4551』、『REF6041』、『ADS127L11』 です。
図 2:ADC のスペクトル性能
ADC の帯域幅
AC 信号の高精度収集を実行している間、コンバータは理想に近い周波数特性を達成することを求められます。理想とは、リップルが小さく平坦なパスバンド、できるだけ広い帯域幅を確保するための急峻な遷移バンド、信号エイリアシングを最小化するためにナイキスト周波数で十分な減衰を達成するストップバンドです。仮に信号エイリアシングが発生した場合、それより後段の処理で信号を補正することはできません。そのため、帯域外の信号をできるだけ経済的な方法で減衰させることが重要です。
広帯域デルタ・シグマ ADC は、重要なアンチエイリアシング機能も含め、フィルタのこれらの特性を実現します。広帯域フィルタ、言い換えるとブリックウォール・フィルタを実現できるのは、パスバンド、遷移バンド、ストップバンドに関して上記の性能を達成するデジタル・フィルタという結論になります。このようなフィルタ自体はオーバーサンプリングの概念を採用することで実現可能ですが、消費電力と分解能という指標で最善の結果を得るために、通常はデルタ・シグマ ADC と組み合わせて使用します。図 3 に、代表的な広帯域 ADC の周波数応答を示します。
図 3:広帯域 ADC の周波数応答
広帯域フィルタの優れたストップバンド減衰特性により、外部のアンチエイリアス・フィルタが不要になります。逐次比較型 (SAR) ADC を使用する場合、通常はアンチエイリアス・フィルタとの組み合わせが必要になります。そのどちらも、ナイキスト周波数で信号減衰を実現するよう設計されています。外部のアンチエイリアス・フィルタで同等の性能を達成しようとすると、次数が非常に高くなり、実装にもコストがかかります。外部フィルタを回避できれば、設計コストと部品コストを節約すると同時に、大きな帯域内位相シフトを回避することもできます。
コンバータの広帯域フィルタが達成するアンチエイリアシング特性により、ピエゾ・センサが生成する帯域外信号を除去できます。たとえば、各種振動監視システムが一般的に採用しているピエゾ加速度計センサは、正規の信号レベルを最大 +20dB 上回る共振周波数を生成します。この共振周波数は、センサの応答がロールオフする直前に発生します。共振が励起された場合、共振のピーク (およびナイキスト周波数より高い領域で発生する他の周波数) はパスバンドに対するエイリアスとして機能する可能性があり、信号の誤った周波数分析につながります。図 4 に、一般的な高周波共振ピークを持つピエゾ加速度計の周波数応答を示します。
図 4:共振周波数で応答ピークを示すピエゾ加速度計の例
一方、広帯域フィルタをコンバータに統合する場合の短所の 1 つは、フィルタ実装に使用する多くのロジック・ゲートが占有するシリコン・ダイの面積です。ADC を開発する IC 設計者は小型のトランジスタ・サイズとそれに伴う低いスレッショルド電圧を活用して消費電力を削減することができますが、同時にアナログとの親和性が高いトランジスタが必要になります。つまり、アナログ・セクションで優れたノイズ特性と直線性性能を達成できるトランジスタです。TI は、これら両方の条件に適合する単一の IC プロセスを開発済みです。
トランジスタの幾何形状が小さいことで、ロジック・ゲートに関連する浮遊容量 (C) を低減できるので、その結果、内部の電力損失を削減できます。式 1 に、電力損失 (P) とクロック周波数 (f)、動作電圧 (V) の関係を示します。
P = V2 × f × C (1)
スレッショルド電圧を下げると、V2という電源項に関連する電力損失が減少します。もう 1 つの利点は、ADC のデジタル・セクションで使用している小型トランジスタ・サイズの特長として、ピーク・スイッチング電流が小さくなることから、アナログ・セクションに結合するデジタル・スイッチング・ノイズも低下することです。
まとめ
TI が設計した広帯域 ADC である 『ADS127L11』 は、既存の広帯域コンバータに比べて 50% のパッケージ小型化、50% の消費電力削減、3dB の分解能改善、50% の信号帯域幅拡大という利点があります。『ADS127L11』 は、分解能や帯域幅を犠牲にせずに、サイズと電力の各要素で改良を実現しました。
高精度の広帯域 ADC を選定するとき、設計者は従来、消費電力、パッケージ・サイズ、分解能、測定帯域幅の間で最適化を図るために、取捨選択を行う必要がありました。今はもう、そのようなトレードオフは必要ありません。小型フォーム・ファクタ、消費電力の削減、分解能の改善に関する要求の高度化に TI が対応したことで、次世代のデータ・アクイジション機器で使用するコンバータの選定が容易になりました。
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※上記の記事はこちらの技術記事(2021年12月3日)より翻訳転載されました。
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