健康維持には、検温が必要不可欠です。非接触で体温を測定できる赤外線体温計は、接触感染の拡大の抑制に有効です。この技術記事では、赤外線体温計のシステム系統図に含まれるさまざまな構成要素を分析します。
MSP430™マイコンは、超低消費電力の、16ビットRISCミックスド・シグナル・プロセッサです。多くのアプリケーション、特にセンシングや計測アプリケーションがこの製品ファミリを利用して作られていますが、高性能A/Dコンバータ(ADC)、LCDドライバ、シリアル通信、パルス幅変調(PWM)出力、およびその他のペリフェラルがマイコンに統合されていることが、これらのアプリケーションへのメリットとなっています。設計プロセスの単純化、体温計のプロトタイプ開発の迅速化、基板面積の縮小、設計コストの削減といったことが可能になるため、MSP430マイコンは、赤外線体温計メーカーでよく使われるようになっています。
図1は、MSP430マイコンとTIの電源管理やアンプ、温度センサの各デバイスを使用する赤外線体温計のブロック図です。
図1:赤外線体温計のシステム・ブロック図
赤外線体温計を設計する際、ホスト・マイコンとして機能するMSP430マイコンからは、次のようなメリットが得られます。
- MSP430デバイスに統合された逐次比較型(SAR)ADCまたは高性能シグマ・デルタADCは、TIのTLV333オペアンプと組み合わされて、赤外線体温計のアナログ・センサが収集する高精度信号をサンプリングし、その信号をデジタルの温度に変換、一方でバッテリ電圧をリアルタイムでモニタリングする機能も実現。
- MSP430にはLCDドライバが統合されており、体温計の液晶ディスプレイの設計が容易。最大で4×36または8×32セグメントをサポートする『MSP430FR4133』の組み込みLCDドライバ・モジュールは、SEGピンやCOMピンの柔軟な設定が可能なため、プリント基板のレイアウトが簡素化。
- I2Cシリアル通信により、高精度デジタル温度センサ、デジタル赤外線温度センサ、デジタル近接センサ、さらにその他の補助センサの信号入力とのインターフェイス接続が可能。
- マルチチャネルPWM信号を出力できる内蔵タイマにより、体温計のインジケータ、ブザー、その他の部品を作動させることが可能。
- 超低消費電力モード時の汎用入出力割り込みサービスにより、電池を電源とする体温計がスタンバイ・モードのときに、ボタン操作に対して素早く反応できるようサポートが可能。
- 赤外線体温計では、バッテリが長寿命であることが必要。MSP430マイコンは、消費電力が非常に低いと同時に、低消費電力設計向けに低電力ペリフェラルを豊富に用意。
- MSP430マイコンは、16KBを超えるオンチップ・メモリを備え、ほとんどの温度計製品のメモリ要件に対応。この製品ファミリには、512KBまで幅広くメモリの選択肢があるため、設計者がさまざまなサイズのメモリを選択でき、大幅な変更なしで既存の設計の移行が可能。
- 設計者は、デバイスを迅速にプログラムできるMSP430Wareソフトウェアも利用可能。
表1は、赤外線体温計に推奨されるマイコンの一覧です。
型番 |
不揮発性メモリ (強誘電体ランダム・アクセス・メモリ[FRAM]/フラッシュ) |
ADC |
LCD |
パッケージ |
16KB FRAM |
10ビットSAR |
4×36または8×32セグメント |
TSSOP48 TSSOP56 LQFP64 |
|
16KB FRAM |
10 ビットSAR |
N/A |
VQFN24 DSBGA24 |
|
16~32KBフラッシュ |
16ビット・シグマ・デルタ |
4×14セグメント |
SSOP48 VQFN48 |
|
16~32KBフラッシュ |
24ビット・シグマ・デルタ |
N/A |
TSSOP28 VQFN32 |
|
64KBフラッシュ |
24ビット・シグマ・デルタ |
320セグメント |
LQFP80 LQFP100 |
表1:赤外線体温計に推奨されるマイコン
図1で示した設計には、電源管理、シグナル・チェーン、センサといったTI製品も含まれています。
『TPS61099』は、超低消費電力アプリケーション向けに設計された昇圧DC/DCコンバータです。静止電流がわずか800nA、最小入力電圧が0.7Vと低いため、シングルセル単3電池電源に全面的に対応します。同時に、入力電圧1.5V、出力3.3V固定出力、10µA負荷の条件で、80%の効率を達成できます。『TPS61099』には、可変出力と固定出力のバージョンがあります。固定出力バージョンの場合、1.8V~5.0Vの出力電圧に対応します。
TPS62170降圧コンバータは、IQが低いので、特に未使用時にシステムのバッテリを節約するのに有効です。さらに、2MHzを超えるスイッチング周波数での高い効率をサポートし、必要なインダクタのサイズが縮小されることで、ソリューション全体のサイズ縮小につながります。
TLV333オペアンプは、入力オフセット電圧が非常に低く(15μV)、温度ドリフトが低い(0.02µV/℃)ことにより、温度検知誤差を最小限に抑えます。また、レール・ツー・レールの入力/出力性能により、ダイナミック・レンジが最大化されます。低静止電流(28µA)、低電圧(1.8V~5.5V)、小型パッケージ(SC70)に加えて、-40℃~125℃の動作温度範囲は、携帯型やバッテリ駆動の医療機器に最適です。TLV333ファミリには、2チャネル(TLV2333)と4チャネル(TLV4333)の製品があります。
システムによっては、より短時間で温度が測定できるように、整定時間の短縮とノイズの低減が要求されます。このような場合には、『TLV333』の代わりに『OPA388』の使用を検討してください。このデバイスは、オフセット(5μV)とノイズ(7nV/√Hz)がより低く、整定時間が短い(2μs)ので、整定時間の短縮とともに、特定の温度分解能を得るために必要なサンプル数を最小限にすることができます。
TIには、アナログ・センシング素子とADCとの間の信号インターフェイスとして機能できるオペアンプがいくつかあります。表2に、赤外線体温計に適したオペアンプをいくつか示します。
TI型番 |
||||||
ゲイン帯域幅(MHz) |
0.35 |
0.35 |
0.35 |
2 |
10 |
5 |
25℃時の最大VOS(mV) |
0.015 |
0.01 |
0.05 |
0.005 |
0.005 |
0.005 |
ドリフト(μV/℃) |
0.02 |
0.02 |
0.02 |
0.02 |
0.005 |
0.004 |
IQ(mA) |
0.017 |
0.017 |
0.021 |
0.285 |
1.7 |
0.95 |
IBIAS(pA) |
130 |
200 |
500 |
200 |
350 |
100 |
パッケージ |
SOIC(Small outline integrated circuit)/SOT(small outline transistor)-23 |
SOIC/ |
SOIC/ |
SOIC/ |
SOIC/ |
SOIC/ |
表2:信号インターフェイスに推奨されるオペアンプ
TIでは、幅広い種類の温度センサを用意しています。超高精度のデジタル・センサ(-20℃~50℃の範囲で最大±0.1℃の精度)が、TMP117デジタル・センサです。このデバイスには16ビット分解能ADCが内蔵されており、I2CまたはSMBusを介してデジタル回路とやり取りすることで、最良の精度が得られるとともに、設計実装が非常に簡素化されます。このデバイスは、シャットダウン時のIq消費がわずか150nA、1Hzの変換サイクルに必要な電流が3.5µAと、バッテリで動作するシステム向けに設計されています。マイコンにADCが内蔵されたシステム用に、TIはアナログ温度センサとサーミスタも用意しています。LMT70は、温度に対応した電圧出力を備え、20℃~42℃の温度範囲で最大±0.13℃の精度があります。TMP61リニア・サーミスタは、全温度範囲で公差1%であり、コストを重視するシステムに対して、従来のNTCを使用する較正作業が単純化されます。
よりコスト重視のデジタル温度センシング・アプリケーション向けには、『TMP1075』が、-25℃~100℃の温度範囲で±1℃の精度を持っています。マイコンにADCが内蔵されたシステムに対しては、『TMP235』や『TMP236』のようなアナログ温度センサが、±5℃~±6℃の範囲の精度とゲインで、設計の自由度をサポートします。
設計のADCとセンシング素子に供給される電源には、低ノイズで感度の高い電圧レールが求められます。低ドロップアウト・レギュレータ(LDO)は、その使いやすさに加えて感度の高いアナログ・レールにクリーンで低ノイズの電源を供給できるため、一般的によく使われています。赤外線体温計の場合、超低ノイズ(6µVRMS)、優れたリップル除去(1kHz時85dB)、低静止電流(標準で6µA、シャットダウン・モードで150nA)を兼ね備えていることから、『TPS7A20』が適しています。このLDOは、ADCとセンシング素子に必要な低ノイズの電源レールを提供し、DC/DCリップルをフィルタリング除去して、固有出力ノイズの寄与はほとんどありません。また、バッテリ駆動のアプリケーションに適した低静止電流のため、バッテリ寿命が長くなります。
バッテリ駆動システムに対して、『TPS7A20』は、ナノパワー・レベルのIQ(25nA、シャットダウン・モードで3nA)を備える一方、ポストDC/DCレギュレーションの電源除去比も高くなっています。このLDOは、デューティ・サイクル制御の負荷には不可欠な、優れた過渡応答も備えています。
市販されている製品の中には、Bluetooth® Low Energy通信モジュールが搭載されているものもあります。システムにBluetooth Low Energyを組み入れるには、CC2640R2F ICまたはCC2650MODAモジュールをSimpleLink™ソフトウェアと合わせて使用することを検討してください。
負荷スイッチは、常時オン状態ではない部品の電流消費を削減できます。『TPS2051』(異常検出機能付き)や『TPS22916』(超低リーク電流)のようなデバイスは、バッテリ電源やその他のDCレールからBluetooth Low Energyモジュールを切り離すことができるので、赤外線体温計のバッテリ寿命を延ばしながら、さらに機能を追加することが可能になります。
赤外線体温計を迅速に設計しようと取り組んでいる設計者にとって、この記事で述べたTIのデバイスはスタート・ポイントとなるでしょう。TIは、お客様サポートや設計支援に加え、世界中にある当社の製造拠点からのサポートを通じて、このような最終製品の設計と構築を行うお客様を引き続き支援いたします。
※すべての登録商標および商標はそれぞれの所有者に帰属します。
※上記の記事はこちらの技術記事(2020年4月7日)より翻訳転載されました。
※ご質問はE2E Support Forumにお願い致します。