自律型移動ロボット (autonomous mobile robotAMR) とは、高い認識能力と理解力を駆使して、構造化されていない環境で移動することができるロボットのことです。これは比較的歴史の浅い技術ですが、ファクトリ、倉庫、市街地、家庭でも AMR の多様な使用事例があります。

 図1:倉庫でタスクを実行するロボット

ロボットが自律性を実現するには、環境の検知および認識とマップ内での自らの位置識別、自らの周囲にある各種物体の動的な検出と追跡、目標に到達するまでの経路の計画、その計画に従った移動装置の制御などが必要となります。加えて、ロボットは操作を実行しても安全である場合にのみ、これらの操作を実行する必要があります。それによって、人間、資産、または自律型システム自体にリスクを生じさせる状況を防止します。以前に比べて人間との近接性が高い、つまり人間のすぐ近くでロボットが動作している現状で、ロボットには自律性、移動能力、エネルギー効率が求められることに加え、機能安全も非常に重要になっています。設計者が ISO 26262 ICE 61508 のような各種機能安全規格の厳格な要件を満たすうえで、センシング、処理、制御を含め、さまざまな機能を果たすデバイスが役に立ちます。

AMR に関連する 3 つの主な課題を解決する必要があります。人間の存在を安全な方法で検出し、マップ作成と位置識別を行い、衝突を防止することです。人間の存在を安全な方法で検出できるように、ロボットの周囲にセーフティー・ゾーン、言い換えると「セーフティー・バブル」を設ける必要があります。人間がこのセーフティー・バブルに立ち入ったときに、ロボットの低速化または動作停止をトリガすることになります。マップ作成と位置識別については、AMR は自らが動作する環境に関するマップと情報を必要とします。AMR は、自らが環境内のどこにいるのかを把握することが重要です。それにより、AMR は充電を行うため、または他の作業を実行するために、最初の位置まで戻ることができます。最後に、衝突防止に関しては、AMR の移動の経路上に人間や物体が存在している場合、それらとの衝突を防止する必要があります。

自律型ロボットのセンシング機能

ロボットにとってセンシングは非常に重要ですが、その点に関する理解を深めるために、人体を例に挙げてみます。人間には通常、5 つの基本的な感覚、つまり、視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚という五感があります。仮に私たちがそれらの感覚の 1 つまたは複数を失った場合、身の回りの世界で移動するのがかなり困難になり、障害物にぶつかる可能性も高くなります。

同じ考え方をロボットに適用してみます。ロボットにセンサがない場合、壁、他のロボット、人間を含め、障害物に衝突するのは確実です。その結果、重大な負傷または損害を招く可能性があります。AMR を使用する場合に発生する課題を解決するために、ビジョン・センサやレーダー・センサなど、何種類かのセンサを使用することができます。

ビジョン・センサは、人間の視界や認識能力をかなりの程度模倣することができます。ビジョン・システムは、高解像度の空間距離に対応し、物体とその機能のみを検出する能力を実現すると同時に、物体の位置識別、障害物検出、衝突回避の課題を解決することができます。また、LiDAR のようなセンサに比べると、ビジョン・センサにはコスト効率が優れているという特長もあります。ただし、ビジョン・センサは演算集中型です。消費電力の多い CPU (中央演算装置) GPU (グラフィックス処理ユニット) は、電力に制約のある AMR システムに課題を投げかけます。エネルギー効率の優れた AMR システムを設計しようとする場合、CPU ベースや GPU ベースの処理を最小限に抑えるのが理想的です。ビジョン処理やセンサ・フュージョンに使用する SoC (システム・オン・チップ)は、スマートで、安全、かつエネルギー効率が高いことが必須です。高いレベルのオンチップ統合を通じて、これらを達成することができます。

今度は、AMR 内のレーダー・センシングを詳細に観察しましょう。ロボット・アプリケーションでレーダーを採用するのは、比較的新しいコンセプトですが、自律性を目的としてレーダーを使用するという考え方は、以前から存在していました。車載アプリケーションの場合、レーダーは先進運転支援システム (ADAS) の重要な要素の 1 つであり、ドライバーを支援するために自動車の周囲を監視する目的で採用されてきました。ADAS のこのようなコンセプトのうち、サラウンド・ビュー (周囲) 監視や衝突防止のような機能を活用し、自律型ロボットに適用すると、AMR で発生するいくつかの課題を解決しやすくなります。

3D 存在検出機能を搭載したレーダー・センサは、物体の距離、速度、角度といった3D 情報を取得し、衝突を防止するために物体を迂回する方法を伝達することができます。主に距離測定を目的として使用されている LiDAR ToF (タイム・オブ・フライト) センサに比べると、レーダー・センサの方が的確な情報につながります。また、レーダーは、人間の安全な存在検出を実現するのにも役立ちます。レーダー・センサのデータを使用し、AMR は人の位置、速度、軌道に応じて、自らの経路で安全な移動を継続できるのか、それとも速度を落とす必要があるのか、あるいは止まる必要があるのかを判断を下すことができます。また、レーダーは、ガラスや他の透明な素材をより正確に検出することができます。この場合、他のセンサはガラスや他の透明な素材を通り越してしまい、正確に検出できません。また、光学センサが困難に直面する難易度の高い環境条件であっても、レーダーはより高い信頼性を確保できます。レーダーは物体検出に光ではなく無線の電波を使用するので、雨、霧、雪といった屋外の環境や、ごみや煙が存在する屋内の環境でも、移動が可能になります。

  図2:レーダー・センシングを使用する倉庫ロボット

 

センサ・フュージョンと AI を活用して AMR の複雑な問題に対処

より複雑な AMR アプリケーションの場合、どの種類のセンサを使用するとしても、1つのセンサだけでは自律性を十分確保できない可能性があります。人体の例をもう一度考えてみましょう。人間の視覚は、私たちが周囲の状況を認識し、何かにぶつかる恐れなしに、ある場所から他の場所へ容易に移動するのに役立ちます。何も見えない真っ暗な部屋の中で移動しなければならないとしたら、どうすればよいでしょうか。それは難しく、聴覚や触覚など他の感覚に頼って、真っ暗な部屋の中を移動する必要あります。同じ考え方がセンサにも当てはまります。レーダーは物体の検出と難易度の高い環境で長距離の認識能力を提供することに適しています。ただし、物体の分類や、物体の輪郭の精度という点では、 2D または 3D のカメラ・センサの方が優れています。

最終的に、カメラやレーダーのようなセンサは、システム内で互いに補完する必要があります。センサ・フュージョンを通じて、さまざまなセンサ・モードの長所を活用することで、 AMR の複雑な課題を解決することができます。

AMR の複雑な課題を解決する別の方法は、エッジ側で AI (人工知能) を使用することです。AMR システムにエッジ側 AI を内蔵すると、ロボットの認識能力と行動能力を改善し、よりスマートな動作を実現できることがあります。エッジ側 AI を採用したシステムの場合、そのシステム内の SoC が、認識と移動に関する複雑なスタックを高速かつ低消費電力で処理し、システム・コストも最適化する必要があります。また、システム効率を最大化するために、SoC は画像の歪み補正 (dewarp)、ステレオ画像の奥行き推定、拡大縮小、画像ピラミッド (同じ絵柄で解像度が異なる複数の画像の集合。顕著な特徴の抽出などに使用可能) の生成、ディープ・ラーニングなどの演算集中型タスクをオフロードする必要もあります。

まとめ

AMR で発生する課題は複数ありますが、信頼性の高いセンシングを使用し、AI を内蔵することで、AMR の計画、認識、行動を改善できます。AMR は、ファクトリ、倉庫、市街地、家庭で生産性と効率を向上させ、人間と共存する環境で安全な動作を実現するのに役立ちます。

著者情報
Manisha Agrawal, Jitin George (Texas Instruments)


※2022年4月7日 電波新聞掲載のテキサス・インスツルメンツ寄稿記事を転載
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