ここ数年で、バッテリ駆動の電子機器が普及したため、アナログ回路設計者にとって、消費電力の優先度が高まっています。この点を考慮して、このシリーズでは低消費電力オペアンプを用いたシステム設計の詳細を説明します。
Part1では、オペアンプ回路向けの省電力手法として、低静止電流(IQ)のアンプを選ぶことや、帰還回路の負荷抵抗を増やすことなどの検討を行います。
オペアンプ回路の消費電力の理解
電力が問題となる回路例を検討することから始めます。ここで取り上げるのは、振幅50mV、1kHzでのオフセットが50mVというアナログ正弦波信号を発生させるバッテリ駆動センサです。この信号は、信号調整(図1)のために0V~3Vの範囲まで拡大しながらも、バッテリ残量をできるだけ多く残しておく必要があるため、図2に示すような、30V/Vゲインの非反転増幅回路が必要になります。この回路の消費電力を最適化するにはどうしたらよいでしょうか。
図1:入力信号と出力信号
図2:センサ増幅回路
オペアンプ回路の消費電力は、静止電力、オペアンプの出力電力、負荷電力といったさまざまな要素から構成されています。静止電力PQuiescentとは、アンプをオン状態に保つのに必要な電力で、オペアンプのIQで構成されています(この値は製品のデータシートを参照ください)。出力電力POutputとは、負荷を駆動するためにオペアンプの出力段で消費される電力です。最後に、負荷電力PLoadとは、負荷自体で消費される電力です。TIのThomas Kuehlが、技術記事「Top questions on op-amp power dissipation – part 1 (英語)」と、TIプレシジョン・ラボの動画「オペアンプ:電力損失と温度の関係(英語)」で、オペアンプ回路の消費電力を計算するためのさまざまな数式について説明しています。
この例では、DC電圧オフセットを有する正弦波出力信号を伴う単電源オペアンプを使用します。まず、次に挙げる数式を使って、総平均電力Ptotal,avgを求めます。電源電圧はV+で表されています。Voffは出力信号のDCオフセットであり、Vampは出力信号の振幅です。最後に、RLoadはオペアンプの総負荷抵抗です。総平均電力はIQに比例し、RLoadに反比例することに注目してください。
適切なIQを有するデバイスの選択
数式5および6には項がいくつかありますが、これらの項を1つずつ検討する方法がよいでしょう。低IQのアンプを選ぶのが、全体の消費電力を減らす最適な手法です。もちろん、このやり方にはトレードオフがいくつかあります。例えば、低IQのデバイスは通常、帯域幅が狭く、ノイズが大きいので、安定させるのが難しくなる場合があります。このシリーズのPart2以降で、こうした話題をさらに詳しく解説します。
オペアンプのIQは製品ごとに大きく、ときには数桁も異なるので、時間をかけて適切なオペアンプを選ぶ必要があります。TIでは回路設計者のために、表1のような幅広い選択肢を用意しています。例えば、『TLV9042』、『OPA2333』、『OPA391』などのマイクロパワーのデバイスは、省電力と他の性能パラメータとのバランスが優れています。最大電力効率を必要とするアプリケーションでは、『TLV8802』のようなナノパワーのデバイスとの相性が良いです。TIのパラメトリック検索を利用すると、IQが10µA以下のデバイスといった具体的なパラメータを備えたデバイスを探すことができます。
代表的な仕様 |
TLV9042 |
OPA2333 |
OPA391 |
TLV8802 |
電源電圧(VS) |
1.2V~5.5V |
1.8V~5.5V |
1.7V~5.5V |
1.7V~5.5V |
帯域幅(GBW) |
350kHz |
350kHz |
1MHz |
6kHz |
25°Cでのチャネルあたりの標準IQ |
10μA |
17μA |
22µA |
320nA |
25°Cでのチャネルあたりの最大IQ |
13µA |
25µA |
28µA |
650nA |
25°Cでの標準オフセット電圧(Vos) |
600µV |
2µV |
10µV |
550µV |
1kHzでの入力電圧ノイズ密度(en) |
66nV/√Hz |
55nV/√Hz |
55nV/√Hz |
450nV/√Hz |
表1:注目の低消費電力デバイス
負荷回路の抵抗削減
ここでは、数式5および6の残りの項を検討します。Vampの項は相殺されてPtotal,avgには影響せず、Voffは通常、アプリケーションごとに事前に決定されます。つまり、多くの場合、Voffを使って消費電力を減らすことはできません。同様に、V+のレール電圧は通常、回路で利用できる電源電圧で決まります。RLoadの項も、アプリケーションごとに事前に決定されると思われるかもしれません。しかし、この項には、負荷抵抗RLだけではなく、出力の負荷となるあらゆる成分が含まれています。図1に示す回路の場合、RLoadは、RLと帰還成分であるR1およびR2とを含んでいます。したがって、RLoadは数式7および8で規定されます。
帰還抵抗の値を増やすことで、アンプの出力電力を減らすことができます。この手法が特に効果的なのは、PoutputがPQuiescentで支配的となっている場合ですが、限度があります。帰還抵抗がRLより著しく大きくなると、RLがRLoadで支配的になるため、消費電力が減少しなくなります。帰還抵抗が大きいと、アンプの入力容量との相互作用によって回路が不安定になり、大きなノイズが発生する可能性があります。
これらの成分のノイズ寄与率を最小限に抑えるには、オペアンプの各入力から見た等価抵抗の熱ノイズ(図3を参照)と、アンプの電圧ノイズ・スペクトル密度とを比較するとよいでしょう。経験則として、アンプの入力電圧ノイズ密度の仕様が、アンプの各入力から見た等価抵抗の電圧ノイズより3倍以上大きくなるようにすると効果があります。
図3:抵抗の熱ノイズ
実際の例
これらの低消費電力設計手法を使用して、最初の問題を見てみましょう。1kHzで0~100mVのアナログ信号を発生させるバッテリ駆動のセンサが、30V/Vの信号増幅を必要としているという問題です。図4は、2つの設計例を比較しています。左側の設計例は、標準的な3.3V電源と汎用オペアンプ『TLV9002』を使用し、抵抗の大きさは省電力を考慮していません。右側の設計例は、低消費電力オペアンプ『TLV9042』を使用し、抵抗値を大きくしています。ここで注目したいのは、『TLV9042』の反転入力側での等価抵抗(約9.667kΩ)のノイズ・スペクトル密度が、このアンプの広帯域ノイズの1/3未満しかなく、オペアンプのノイズが抵抗で発生するどのノイズよりも支配的になっていることです。
図4:標準的な設計例と消費電力を意識した設計例の比較
図4の各値、設計仕様、該当するアンプの仕様を用いて、数式6を解くと、『TLV9002』と『TLV9042』の設計例についてPtotal,avgを求めることができます。数式6を数式9として、以下に再掲載しました。数式10および11は、『TLV9002』の設計例と『TLV9042』の設計例についてそれぞれ、Ptotal,avgの数値を示しています。数式12および13は、その結果を示しています。
最後の2つの数式からわかるように、『TLV9002』の設計例は、『TLV9042』の設計例の4倍を超える電力を消費します。これは、数式10および11の左側の項に示されるアンプの高いIQに加えて、数式10および11の右側の項に示される低い帰還抵抗の影響です。高いIQと低い帰還抵抗を必要としない場合には、ここで説明した手法を実施することで、大幅な省電力を達成できます。
まとめ
今回は、低IQのデバイスを選ぶことや、単体抵抗の値を増やすことなど、低消費電力向けアンプ回路を設計する上での基礎を説明しました。このシリーズの第2回では、低い電源電圧に対応した低消費電力アンプを使用する場合について見ていきます。
参考情報:
+技術記事:
“低消費電力オペアンプを用いた設計 Part2:低電源電圧アプリケーション向けの低消費電力オペアンプ”
+TIプレシジョン・ラボ(英語)
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※上記の記事はこちらの技術記事(2021年2月2日)より翻訳転載されました。
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