前のブログ記事SAR型A/Dコンバータの入力タイプの比較 では、SAR(逐次比較)型 A/Dコンバータ製品の、シングルエンド、疑似差動、完全差動の各入力タイプの違いについて説明しました。
SAR型A/Dコンバータを選択する場合に重要な仕様には分解能、チャネル数、サンプリングレート、電源電圧範囲、消費電力、デジタル・インターフェイスやクロック速度などがあります。SNR(信号-雑音比)やTHD(全高調波歪み)をはじめとしたノイズやACパラメータについてはどうでしょう? これらのパラメータはシステムの総合的な性能を左右することから、当然、SAR型コンバータの入力タイプの選択にも影響します。
各入力タイプへのノイズの影響
シングルエンド入力: このSAR型コンバータは、信号源との接続に、1本の基板パターンやケーブルと、1個の入力ドライバだけを使います。このA/Dコンバータが、コンバータ自身のグラウンドを基準として入力信号を計測していることは、重要な注意点です。このタイプは最も単純な構成ですが、信号グラウンドとSARコンバータのグラウンド間の誤差によって精度が悪化することがあります。また、CMRR(同相モード除去比)が低いか無い場合には、電源とグラウンドから内部のサンプリング・コンデンサに結合するノイズも変換精度を悪化させることがあります。
疑似差動入力と完全差動入力: これらのタイプは、信号源との接続に、複数の基板パターンやケーブルと、2個の入力ドライバが必要ですが、次のような利点があります。
- 正しいプリント基板レイアウト手法を用いることで、2本の入力に結合する電源ノイズ、グラウンドの暴れ、クロックその他の影響は同じ量になり、CMRRが良好であれば、結合ノイズは大幅に減少します。
- 疑似差動入力では、信号グラウンドやオフセットを-入力でセンスできることから、信号グラウンドとSARコンバータのグラウンド間の誤差を無くすことができます。
例として、 ADS 7042、ADS 8860やADS 8319などのデバイスの仕様表で、AINM入力の動作入力範囲をご覧ください。
SNRの影響
A/DコンバータのSNRは、サンプリング周波数の半分から下の帯域での、信号成分とノイズ成分の電力比を表す指標であり、高調波やDCは含みません。SNRの影響は、以下の式で表すことができます。
A/Dコンバータの入力におけるシステムの総合ノイズは、信号源や入力ドライバから結合する外部ノイズと、A/Dコンバータ入力の内部ノイズという2つの要素で構成されます。1個のCDAC(コンパレータD/Aコンバータ)構造を持つシングルエンド入力タイプは少ないことから、入力ごとに1個のCDAC構造を持つ疑似差動入力と、完全差動入力の性能だけを比較します。
どのアーキテクチャのA/Dコンバータでも、完全差動入力のSARの入力信号範囲は–REF~+REFであり、疑似差動入力のSARの入力信号範囲である0 ~REFの2倍です。完全差動入力では、AC信号の真値を直近のコードに丸める動作によって発生する量子化ノイズも2倍になります(*注)。
*(BSTJ 27:3 1948年7月号: 量子化信号の成分 (Bennett, W. R.) (July 1948)
内部ノイズ: A/DコンバータのSNRを解析する場合、まず、ノイズを無視できる理想的なAC信号源とドライバを想定します。量子化ノイズ(NQUANT)と遷移ノイズ(NTRANS)という、A/Dコンバータの基本的なノイズを使うことで、内部ノイズの影響を解析できます。
SNRに対するA/Dコンバータの内部ノイズの影響を表2に示します。NTRANS = 0で、量子化ノイズだけを発生する理想的なA/DコンバータのSNRADCは、両方の差動入力タイプで同一です。表2は、以下の式から得られます。
Nはビット数です。遷移ノイズはコンパレータなどの能動回路のほか、抵抗やコンデンサのkT/Cノイズによって発生します。NTRANS が支配的であるため、表2に示すように、完全差動A/DコンバータのSNRADCは、最大6dB向上しています。これはNTRANSが一定なのに対して、完全差動A/Dコンバータのダイナミックレンジが2倍になるためです。
下の図1は、16ビットA/DコンバータのSNRADCの違いを、よりわかりやすく表しています。理想的なA/Dコンバータでは、入力タイプに関係なくSNRADC は一定です。NTRANS を増加させると、SNRの差は大きくなります。NTRANS >> NQUANTの場合、差が6dBになります。実際上、設計でNTRANS と NQUANTの比を最適化できるかどうかによって、SNRADCの差は0 dB~6 dBの範囲のどこかになります。
図1: 内部ノイズによるSNRの比較
実例として、ADS 8861(完全差動入力)とADS 8860(シングルエンド入力)、 ADS 8354 (完全差動入力)とADS 8353(疑似差動入力とシングルエンド入力)、 ADS 7254(完全差動入力)と ADS 7253(疑似差動入力とシングルエンド入力)など、同一ファミリ内の完全差動入力と疑似差動入力のデバイスのSNR仕様を比較してみてください。
外部ノイズ: システム内のSARコンバータには、信号源で発生したノイズのほかに、ドライバのノイズも入力されます。このため、SNRの式の分子は増大します。次の表に示すように、完全差動入力では2個のドライバを使うことから、総合的なSNRは、さらに悪化します。
このブログ記事では、SNRに影響を与える様々なノイズ源と、2種類の入力タイプへの影響について説明しました。THDについては、次のSAR型A/Dコンバータの入力タイプによる性能比較 パート2で説明します。
追加資料:
その他のSAR型A/Dコンバータのブログ記事を参照: SAR型A/Dコンバータの入力タイプの比較、 ENOB(有効ビット数)の説明 、 プリント基板レイアウトを最適化するには
上記の記事は下記 URL より翻訳転載されました。
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