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超音波レンズ・クリーニング(ULC):必要性が認識されていなかった半導体技術

人生経験の長い方なら、ポータブル CD プレーヤーを所有されていたかもしれません。そのころを思い出してみると、CD に傷や汚れがある場合、音楽の再生が一部飛んでしまうことがありました。または、VHS テープが一般的だった時代には、テープの巻き取りに不具合が生じた場合、テープが劣化し、画質が低下することがありました。フラッシュ・メモリが、低コストのソリッドステート (半導体) ソリューションとして登場した結果、これらの複雑な機械式記録方式は時代遅れになりました。

さて、自動車業界のメーカー各社は現在、カメラやセンサのクリーニングを行うという課題に取り組むために、小型ワイパー、液体噴射、圧縮空気、その他のシステムを実装しています。ただし、これらが広く普及する可能性は低そうです。これらは高額で、機械的に複雑だからです。

この場合、ソリッドステート (半導体) ソリューションである超音波レンズ・クリーニング (ultrasonic lens cleaning:ULC) を利用すれば、コスト効率に優れた方法でカメラやセンサを自動クリーニングできます。

超音波クリーニングICについてさらに詳しく
       マシン・ビジョン・システム向けのソリッド・ステート・センサ・クリーニングにより、カメラの信頼性が向上

レンズのサイズや材質が非常に多様であることを踏まえ、ULC には多くの構造的アプローチがあります。半導体はどのような役割を演じるのでしょうか。この記事では説明を簡単にするために、一般的な円形レンズを採用したカメラに、残留物である水滴が付着した状況を想定します。もちろん、ULC はこれ以外の多様な状況でも使用できます。

レンズをきれいにするために、何らかの力を加えて水滴をレンズの視野 (field of view:FoV) 外へ移動すること、または表面張力を上回る力を加えて霧化点に達する (微細化する) までの時間を短縮することができます。筆者が以前に公開した技術記事「超音波レンズ・クリーニング技術の概要」で解説したように、ULC は相互に強め合う方向で干渉を引き起こして共振を実現する、という概念を活用し、顕微鏡サイズの振動によるエネルギーを増幅して、水滴を移動または霧化できるだけの強いエネルギーを作り出します。疎水性 (水をはじく) と疎油性 (油をはじく) の各コーティング材は、レンズの極性を低減するための効果的な方法であり、ULC システムの性能最適化に貢献します。

アクチュエータ駆動

適切な振動を引き起こすためにアクチュエータは必要な力を作り出す必要があるほか、広い帯域幅、小型フォーム・ファクタ、優れたコスト効率も求められます。圧電式 (ピエゾ) アクチュエータは、一般的にピエゾ・トランスデューサと呼ばれていますが、これらの要件を満たすことができ、ミリタリーや車載の各アプリケーションでも十分な信頼性を確保できます。極性のある圧電材質のめっき面に電圧を印加すると、材質の形状が変化します。実際に印加する電圧が AC の場合、その AC 信号と同じ周波数で圧電材質が共振します。したがって、ULC で振動を生成するために、ピエゾ・トランスデューサは効果的なアクチュエータになります。図 1 に、振動を引き起こすために励起される圧電材質の 2 種類の形状をスローモーションで図示します。

1:励起されるピエゾ・トランスデューサのアニメーションをスローモーションで表示

クリーニング

シンプルなアプローチを使用してレンズをその固有周波数で共振させると、定常波を生成できます。この定常波を「モード」と呼ぶこともあります。表面に高い加速レベルを加えると、水滴を吹き飛ばすことができます。直径が 10mm ~ 40mm、厚さが 0.5mm ~ 2mm という円形のガラス製レンズでモードを発生させるための一般的な周波数は、通常は 20kHz ~ 100kHz の範囲内にあります。残留物によって共振周波数はわずかに変化するので、レンズの固有周波数を中心とした数 kHz の幅でクリーニング・サイクルを順次変化させることもあります。たとえば、固有周波数が 30kHz の場合、適切なクリーニングを確実に実施できるように、ULC システムを 28kHz ~ 32kHz の範囲で順次変化させることが可能です。シングル・モード・クリーニングの短所は、加速のばらつきが生じることです。加速が不十分な点では、クリーニングが不十分で、目に見える残留物が残ったままになる可能性があります。図 2 にシングル・モード・クリーニング・システムのシミュレーション結果とその加速のばらつきを示し、この方式の短所を強調します。

2:シングル・モード・クリーニング・システムのシミュレーション結果とその加速のばらつき

図 3 に示すバイモーダル (2 つのモード) クリーニングは、ULC の高度なアプローチであり、連続したクリーニング・サイクル内で 2 つの異なる定常波を活用します。このアプローチは、クリーニング効果がわずかまたは皆無であるデッドスポット (無効な点) を解消するのに役立ち、全体を網羅しやすくなります。

3:バイモーダル・クリーニング・システムのシミュレーション結果とその加速のばらつき

ULC の別のアプローチは、表面弾性波 (surface acoustic waves:SAW) を使用することです。この方式は、ガラス面を直接振動させるものではありません。残留物を吹き飛ばすために定常波を生成する代わりに、SAW は表面に沿って伝搬し、残留物を励起して移動させます。SAW アプローチを使用するには、かなり高い周波数と、1 枚のガラス面ごとに複数のアクチュエータが必要です。その結果、レンズの直接振動に比べて、この方式はより複雑でコストも高くなります。一方で、このアプローチは、表面がより広い場合や (LIDAR の光学窓など) 長方形の面の場合に、直接振動方式よりも良好な特性を示します。SAW は表面に沿って移動するので、大きく厚いレンズを扱う場合、直接振動方式より必要エネルギーが少ないという利点もあります。

レンズ・カバー・システム

TI が考案した ULC の 1 方式では、一様に厚いレンズをリング形状のピエゾ・トランスデューサと組み合わせ、レンズとの接触を確保するために 1 個のブラケット (枠) を使用します。リング形状のトランスデューサは追加のスペースがごくわずかで済みます。また、ブラケットを採用した結果、ガラスとピエゾが直接接触することはありません。その結果、接着の難易度が高くなる可能性はありますが、製造プロセスのスケーラビリティ (量産対応) が向上し、信頼性の高い結果が得られます。このアセンブリ一式をレンズ・カバー・システム (lens cover system:LCS) と呼びます。これらの部品はカメラ・レンズを土台としてコンパクトに取り付けられ、スマートフォンのカメラ・レンズを覆う平坦なガラス窓に似ているからです。曲面を描く LCS は、図 4 に示すように、最小の光学的歪みで広い FOV (視野) に対応できます。

4:局面を描く LCS 190 度を上回る FoV (視野) を確保

完全統合型 ULC

最終 (最も外側にある) カメラ・レンズ自体をアクチュエータで駆動する場合、レンズ・カバーを使用せずに、カメラ・モジュール内に ULC を直接実装することも可能です。この最終カメラ・レンズを、図 5 に示すようにフロント部品 (front element) と呼びます。レンズ・カバーを追加する方式に比べて、統合方式はシステム全体のサイズ縮小につながりますが、超音波クリーニングと製造の複雑度は高くなります。その原因の一部は、フロント部品の厚さが一様ではないことです。その結果、シングル・モードまたはバイモーダルのクリーニングのような適切な定常波を生成できなくなります。光学センサに向かって光を屈折できるように、フロント部品を一様ではない厚さにする必要が生じることがあります。それに対し、レンズ・カバーは一様な厚さにすることができます。カバーは単純にカメラを保護するだけだからです。さらに、フロント部品はカメラ・レンズ・スタックの一部なので、製造の際に光学センサに対して高精度で位置合わせする必要があります。その結果、完全統合型 ULC システムの設計フローと製造は複雑になります。

5:カメラ・バレル内にあるレンズ・スタックの例

半導体の役割

TI の ULC1001 のようなアプリケーション特化型の標準製品 (application-specific standard product:ASSP) を採用すると、複数の機能を単一のデバイスに統合しているので、コストの削減とサイズの縮小を実現できます。製造の多様性や、カメラ・ハウジングのアセンブリと取り付け方が異なっていることが原因で、個別のレンズごとに固有周波数は異なります。また、レンズの寿命全体を通じて、固有周波数はわずかに変化します。効果を高めるために、ULC1001 はどの時点でもレンズ・システムの特性評価を実施できます。統合されているもう 1 つの機能が温度センシングです。この機能を活用すると、氷や霜の検出と除去が容易になります。ただし、より重要なのは、この機能は圧電 (ピエゾ) 機能の保護を目的としていることです。キュリー温度 (磁石が磁力を失う温度) のスレッショルドを上回った場合、ピエゾ・トランスデューサは極性を失い、共振特性も失います。ULC1001 はピエゾ・トランスデューサの温度を監視し、キュリー・ポイントを超過しないように駆動することができます。また、異物の衝突による欠けやひび割れなど、レンズの多様な障害も確認できます。デジタル信号プロセッサ (DSP) と閉帰還ループを内蔵した ULC1001 を採用すると、画像処理を行わずに、残留物の自動的な検出とクリーニングを実現できます。この新しいレンズ・クリーニング IC は、図 6 に例を示すステート・マシンを使用して、これらの機能を実装しています。ステート・マシンは、アプリケーションごとにカスタマイズ可能です。

6ULC のステート・マシンを簡素化した例

新しい波を引き起こす

ULC は複雑で多方面に関係していますが、TI はこの技術を活用するための土台を確立してきました。その中には、オープン・ソースの機械設計や、特定用途向け半導体などがあります。ULC の各種設計リソースをご覧になり、車載や産業用の市場で新しい波を起こしましょう。超音波方式の自動クリーニング機能の採用により、カメラの性能向上、スマート対応、コストの削減へつなげていきましょう。

参考情報:

Anonymous