初出:Electronic Products 社 Web サイト (英語)

電気自動車 (EV) の設計者は、ゲート電圧のスレッショルドを監視することで、トラクション・インバータ・システムの安全性と信頼性を向上させることができます。

消費者は自動車を購入するときに、設計エンジニアが安全な製品を製作するために正当な注意義務 (デュー・デリジェンス) を果たしていると想定します。必要な水準の安全性を達成するため、特に機能安全に関する ISO (国際標準化機構) 26262 規格に準拠する目的で、自動車内にあるトラクション・インバータなどの各サブシステムは、発生する可能性のある故障モードを検出できるように、内部診断機能と保護機能を搭載する必要があります。

インバータの中で特に注意を要するサブシステムは、電力段です。電力段はパワー・モジュールに加えて、絶縁型バイアス電源、ゲート・ドライバ、パワー・スイッチなどの各種半導体デバイスを内蔵しています。パワー・モジュールではスイッチング方式によってバッテリからの DC 電力を AC 電力に変換し、電気自動車 (EV) のモーターを高効率かつ高信頼性で駆動できるようにします。これらのパワー・スイッチを駆動する際には、いくつかの理由でそのステータスまたは動作状態を監視することが望ましく、また監視にはいくつかの方法があります。

スイッチの保護と診断の重要性

SiC (シリコン・カーバイド) MOSFET (金属酸化膜半導体電界効果トランジスタ)、または IGBT (絶縁型ゲート・バイポーラ・トランジスタ) を採用した各種パワー・モジュールは、自動車の動作と効率にとって非常に重要なので、設計者はこれらのモジュールを正しく駆動する方法を注意深く検討する必要があります。安全で信頼性の高い製品を製作するには、包括的な故障メカニズム分析機能を実装する必要があります。

インバータ・システムは、さまざまな種類の故障シナリオに対処できなければなりません。たとえば、パワー・スイッチが短絡した場合、そのパワー・スイッチが寿命に達したという事実を示している可能性があります。パワー・スイッチに流れる電流が増加してその定格を上回った場合、デバイス全体の過剰な消費電力と熱が原因で、パワー・スイッチとインバータ・システムの両方が破損する可能性があります。パワー・スイッチが自らの安全動作領域内にとどまるように、できるだけ迅速にその状況を検出し、対処することが重要です。

この種の障害を検出できるよう設計された最も一般的な保護回路を、脱飽和 (desat) 保護と呼びます。この回路は、ゲート・ドライバに内蔵することもできます。 1 に、標準的な脱飽和回路の実装を示します。この回路はスイッチのオン状態電圧 (IGBT の場合はコレクタ - エミッタ間電圧 [VCE]、SiC FET の場合はドレイン - ソース間電圧 [VDS]) を監視し、事前設定済みのスレッショルド (VDESAT) を検出します。VCE または VDS が VDESAT を上回る状態になると、脱飽和がトリガされ、スイッチの破損を防止するためにゲート・ドライバは IGBT または SiC FET を安全な方法でシャットダウンします。

1:脱飽和回路の一般的な実装

別のシナリオは、ゲート・ドライバの出力が、ゲート・ドライバの入力信号に対応していない場合です。インバータ・システムを安全にシャットダウンできるように、この異常な事態を直ちに検出できるようにする必要があります。ゲート電圧が、出力ダイへ向かって流れ込む入力信号と同じレベルかどうかを検出するゲート電圧監視機能を実装すると、通信レーンや絶縁バリアに故障が発生しているかどうかを判定しやすくなります。高度な保護機能と診断機能を実装することで、自動車に高水準の安全性と信頼性を確保できます。

VGTH 監視機能が重要な理由

最終的にシステムにどのような診断機能と保護機能を組み込むかは、インバータ・システムの目標と要件に応じて決まります。パワー・モジュールの正常性状態をその寿命全体にわたって評価するのに役立つ重要な手段の1つが、ゲート電圧スレッショルド (VGTH) の監視機能を設計に含めることです。Syed Huzaif Ali と Bilal Akin は、『Analysis of Vth Variations in IGBT Under Thermal Stress for Improved Condition Monitoring in Automotive Power Conversion Systems』 (英語) というホワイト・ペーパーで、時間の経過に伴って VGTH の変動が非常に大きくなるのは、パワー・スイッチ故障の初期の兆候であることを示しました。

2 に、高温でのパワー・サイクリング (電源のオフと再度のオン) を実施した 2 個のデバイスを示します。赤い曲線で表されるデバイスを高い温度で動作させたとき、ある時点でデバイスが故障し、スレッショルド電圧が大幅に上昇しています。この電圧上昇は故障事象を意味していますが、時間の経過とともにスレッショルド電圧が緩やかに変化した場合も、スイッチング損失の増大などスイッチング時の望ましくない挙動につながります。このような挙動が示された場合、自動車のメンテナンスが必要になる可能性があります。一般的に、VGTH を監視すると、致命的な故障を防止するのに役立ちます。

2:数千回のパワー・サイクルを実施した後の VGTH のパーセント単位の変化 (出典:『Analysis of Vth Variations in IGBT Under Thermal Stress for Improved Condition Monitoring in Automotive Power Conversion Systems (英語))

VGTH を監視する 1 つの方法

ISO 26262 に準拠した絶縁型ゲート・ドライバである TI の UCC5870-Q1 は、ゲート・ドライバが自らに対応するパワー・スイッチの正常性をチェックする、という斬新な VGTH 監視機能を搭載しています。ゲート・ドライバにこの診断機能を統合すると、ディスクリート実装に比べて、システム全体の小型化、重量軽減、コスト削減に貢献します。

この VGTH 監視機能は、電源投入の際に、パワー・トランジスタのゲート・スレッショルド電圧を測定します。定電流源を使用してパワー・スイッチのゲート容量 (CG) を充電することで、ゲート電圧 (VG) が徐々に上昇します。チャネルが導通を開始した時点で、VG は自然にそのスレッショルド電圧 (VGTH) レベルに維持され、パワー・スイッチはダイオード構成状態になります。

ブランキング時間 (tdVGTHM) が経過した後、内蔵の A/D コンバータが VG をサンプリングし、測定値をレジスタに格納します。マイコンはこの測定値を使用して、パワー・スイッチの正常性を判定します。VGTH を監視すると、パワー・スイッチが信頼できる状態かどうかを確認するのに役立ちます。

まとめ

自動車の電動化は自動車の消費者にとって比較的新しい概念なので、内燃エンジン (内燃機関) 自動車に比べて、ハイブリッド車や電気自動車が安全かつ信頼できる選択肢であるかどうか、懸念を抱く可能性があります。診断と保護の十分な機能を搭載すると、自動車が市場への出荷や路上での走行に適していることを検証するのに役立ちます。

参考情報

  1. IGBT と SiC の各パワー・スイッチの駆動に関する詳細は、e-Book『IGBT & SiC Gate Driver Fundamentals』 (英語) をご覧ください。
  2. UCC5870-Q1 ゲート・ドライバのデータシート (英語) をダウンロードできます。
  3. トラクション・インバータ・システム内の絶縁型ゲート・ドライバを設計する方法の詳細は、アプリケーション・レポート『HEV/EV Traction Inverter Design Guide Using Isolated IGBT and SiC Gate Drivers』 (英語) をご覧ください。
  4. 分散アーキテクチャを使用してトラクション・インバータを設計する方法の詳細は、技術記事『分散型電源アーキテクチャを採用して次世代 EVシステムを駆動』をご覧ください。

 

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