以前の技術記事で確認したように、電気掃除機や、電動工具、電動自転車といったバッテリ駆動システムを安全に使用するためには、バッテリ電圧、電流、温度を正確にモニタリングする必要があります。今回は、リチウム・ベースのバッテリの電圧モニタリングに注目したいと思います。

リチウム・ベースのバッテリの安全規格で求められる重要な要件は、バッテリ・メーカーが指定した電圧範囲内でのみバッテリが動作するようにすることです。なぜこの要件が非常に重要なのかというと、この制限以上にリチウムイオン・バッテリ・パックを過充電すると、火災や爆発につながる恐れがあるからです。実際に過充電は、現実的な危険性をはらんでいます。バッテリ・パックを他のシステム用に作られた充電器につないでしまったがために、そのバッテリ・パックの許容電圧を超えても充電が続くかもしれません。システム全体の安全性を保証するには、バッテリ管理システムがバッテリ・パックの各セルの電圧をモニタリングして、いずれかのセルの電圧がメーカー指定の最大許容電圧に達したら充電できなくなるようにしなければなりません。

同様に、いずれかのセルの電圧がメーカー指定の最小電圧を下回った場合も、バッテリ・パックを使用不可にすることが必要です。低電圧のまま長期間セルを放置すると、デンドライト(樹枝状結晶)が形成されることがあり、それ以上セルを使い続けると危険になります。結局のところ、バッテリ・パックを使用不可にするタイミングを判断してシステムの安全な動作を維持するには、各セルの電圧を正確に測定することが不可欠なのです。

TIのバッテリ・モニタおよび保護製品ファミリに新たに加わった『BQ76942』(直列3セル[3S]~10S)とBQ76952(3S~16S)は、16/24ビットのデルタ・シグマA/Dコンバータ(ADC)を内蔵し、多重化により各セルの電圧を個別に測定するとともに、システムのその他の選択された電圧を測定します。ほとんどの電圧は16ビット値を使って通知されますが、後処理のためにより高い分解能が必要な場合は、24ビットの未加工ADCデータも利用できます。

電圧および電流の同期測定

BQ76942』と『BQ76952』は、電流とセル電圧を同時に測定する同期測定をサポートします。この機能は、セルのインピーダンスを解析するときに便利で、これを放電負荷が高い条件下でのバッテリ・パック動作の予測に利用できます。各セル電圧および同期された電流について、24ビットの未加工ADCデータがペアで保存されます。セル電圧の測定値はミリボルト単位ですが、スタック、PACKピン、LDピンの電圧測定値はセンチボルト(10mV)またはミリボルト単位で通知されます(デバイスのデータ・メモリのSettings > Configuration > DA Configurationで設定可能)。未加工のADCデータ値は、カウント単位で通知されます。

電圧測定

各種信号の差動および同相電圧範囲は電圧測定サブシステムにより数値化されるため、ADCへの入力はそれぞれ、システム内の特定の用途を目的として設計されています。最も重要な差動セル電圧の測定は、標準では約2V~約4.5Vの範囲ですが、低位端子は0V(スタックの最下位セル)から67.5V(スタックの16番目のセル)までさまざまです。『BQ76942』と『BQ76952』は、セルごとに-0.2V~+5.5Vの範囲の差動セル電圧測定をサポートします。『BQ76942』がサポートするセル入力ピンの最大電圧は最大で+55Vですが、『BQ76952』は+80Vまでサポートします。

スタック最上部の電圧(最上位のセル入力ピン)、PACKピン、およびLDピンも、VSSと相関して数値化されます。分圧抵抗回路(測定中にのみ有効)がこれらの電圧を測定します。これらのピンがサポートする電圧範囲も、『BQ76942』で最大+55V、『BQ76952』で最大+80Vです。

BQ76942』と『BQ76952』には、リファレンス電圧が2つあります。VREF1は電圧ADCで使われ、VREF2はクーロン・カウンタADC、内部のREG18低ドロップアウト・レギュレータ、およびデバイス内のその他のブロックで使われます。デバイス内の内部的な不具合を検出する診断的測定として、ADCはREG18 LDO電圧とVSSピン電圧の測定値を定期的に通知します。

ベース・エミッタ間電圧(ΔVBE)の内部的変化も電圧ADCで測定されますが、この値は内部ダイ温度を算出するために使われます。外付けサーミスタに接続可能なその他のいくつかのピンの電圧で、セルと電界効果トランジスタの温度を測定することができます。この温度測定サブシステムの詳細は、別の技術記事「バッテリ・モニタリング・システムの温度測定精度を改善する」で説明します。

デバイスがどの電力モード状態かによりデータ測定の速さが異なりますが、測定はNORMALモードかSLEEPモードのときにのみ行われます。

測定ループ – NORMALモード

NORMALモードでは、図1のようにデバイスが一連の測定を終えるとすぐに次の測定を始めるといった形で、継続的にループを繰り返して電圧測定を行います。測定ループは多数のスロットで構成され、周期的に以下の項目を測定します。

  • 差動セル電圧を順次測定
  • ループごとに、スタック最上部(TOS)、PACKピン、LDピンの電圧のいずれか(各パラメータをループ3回ごとに測定)
  • 内部温度、REG18電圧、またはVSSに対して1スロット(1つのパラメータをループ3回ごとに測定)

サーミスタまたは汎用ADCピンの測定に、最大で3スロット(それぞれをループ1~3回ごとに測定)

1NORMALモードの測定ループ

センス抵抗電流(CC2と表記)が、すべてのスロットで同時に測定されます。スロット時間tmeasはデフォルトで3msですが、[FASTADC]ビットの設定で1.5msまで短縮できます(変換分解能は減少します)。測定ループ時間(変換に3ms、サーミスタを3個以上使用)は、『BQ76942』(10S)で45ms、『BQ76952』(16S)で63msです。

電力を削減するために、図2に示すように[LOOP_SLOW]設定を用いて、使用しない電圧測定スロットを挿入することにより、測定ループの速度を低下させることが可能です。

2NORMALモードの測定ループ時間

電圧測定ループ – SLEEPモード

BQ76942』と『BQ76952』では、システム電流がプログラム指定された閾値を下回ると、自動的にSLEEPモードに入るよう設定できます。この機能により、電圧測定の頻度を落として、電力消費を削減します。デバイスがSLEEPモード状態のときは、図3に示すPower: Sleep: Voltage Timeの時間間隔(1s~255s)で電圧、温度、電流の測定が行われます。

3SLEEPモードの測定ループ

セルの電圧測定

BQ76942』と『BQ76952』は、セルとの接続が使われているかどうかに関係なく、VCN-VCN-1をそれぞれ測定します。デバイス・データ・メモリのユーザー設定により、どのピンがセルに接続しているかが決まります。セルに接続していないピンは、関連する保護には使われません。図4に示すように、セル接続に使われていない入力は、短絡するか、相互接続測定に使用できます。

4:セル電圧入力を相互接続計測に利用

バッテリ・パックを使用不可にするかどうか判断するときには、セル電圧測定の精度を考慮に入れなければなりません。例えば、セル電圧が4.350Vを超えたらバッテリ・パックを使用不可にしなければならないときに、電圧測定精度が±25mVである場合は、誤差が-25mVの場合に備えて、バッテリ管理コントローラは測定値が4.325Vを超えるとバッテリ・パックを使用不可にする必要があります。しかし、誤差が実際には+25mVの可能性もあり、本当のセル電圧は4.300Vしかないかもしれません。つまりこの場合は、測定精度が低いために50mVもの使用可能なバッテリ容量が利用できなくなります。セル電圧の電圧測定精度が改善されれば、無駄になるセル容量が減少するのは明らかです。

 

BQ76942』と『BQ76952』のセル電圧測定は、以下の仕様を満たすように出荷時に調整済みです。

  • 2V~5V、±5mV(25℃時)
  • 2V~5V、±10mV(0℃~+60℃時)
  • -0.2V~5.5V、±15mV(-40℃~+85℃時)

これに加えてこれらのデバイスは、性能をさらに最適化するために、オプションで製造ラインでのセルのオフセットとゲインの較正に対応しています。

まとめ

BQ76942』と『BQ76952』の電圧測定サブシステムは、バッテリ駆動システムの安全対策に不可欠な機能を備え、セル電圧がメーカー仕様範囲を外れたためにバッテリ・パックを使用不可にするタイミングの判断に必要な情報をシステムに提供します。高性能の電圧測定に加え、調整された精度と高速データ収集により、電気掃除機から電動工具や電動自転車まで、さまざまなアプリケーションでシステムが安全に動作するようバッテリ・パック設計を最適化することが可能になります。

参考情報
+アプリケーション・レポート(英語)“Easy Configuration of BQ76942/52 Battery Monitors.”

※すべての登録商標および商標はそれぞれの所有者に帰属します。
※上記の記事はこちらの技術記事(2020年4月1日)より翻訳転載されました。
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