このリアルタイム制御シリーズの以前の回では、リアルタイム制御のシグナル・チェーン (図 1) のうちセンサ機能ブロックに注目しました。2 番目の機能ブロックである処理機能については、誤解が生じがちです。よくある誤解は、処理機能をコア CPU (中央演算装置) の周波数や MIPS (million instructions per second:毎秒百万回単位の命令数) のみに関連付け、大量データの高速処理だけに注目することです。今回は、高性能電源システムへの応用という観点で処理機能の価値を提示し、リアルタイム制御システムにおける処理機能の役割に関する誤解を解消することを目指しています。

 図 1:リアルタイム制御のシグナル・チェーン

エネルギーの使用量が増加している現在、特にグリッド・インフラや電力供給 (パワー・デリバリ) の各アプリケーションが求めているのは、効率的でコンパクト、かつ安定性の高い電源システムです。この要件に対応するため、高い電力効率、高速過渡応答、高い電力密度、より大きい電力供給能力を実現できるように、電力変換システムで革新が進んできました。

高い電力効率

図 2 に示すように、データ・センター内の無停電電源 (UPS) は継続的に動作する必要があります。ホワイト・ペーパー『Achieve Power-Dense and Efficient Digital Power Systems by Combining TI GaN FETs and C2000 Real-Time MCUs』 (英語) で説明しているように、効率を高めることで、短期間で財務上の大きな節約を実現し、ヒートシンクの小型化を通じてソリューション・サイズを縮小するとともに、温室効果ガスの排出量を低減することもできます。ただし、これらの利点を実現するには、トーテムポール・ブリッジレス PFC (力率補正) (この方式はエネルギーを消費する受動部品の数を低減) のような複雑な電源トポロジや、ゼロ電圧スイッチング (ZVS) またはゼロ電流スイッチング (ZCS) などのソフト・スイッチング制御が必要で、これらの実装は難易度が高いことがあります。

高性能リアルタイム・マイコン (MCU) を採用すると、それらの実現につながる非常に高速な制御ループを構築できます。特に、一部のマイコンはオンチップ・ハードウェア・アクセラレータも搭載しています。設計を次の水準に引き上げるために、リアルタイム・マイコンに高速なオンチップ A/D コンバータ (ADC) とカスタマイズ済みの後処理機能を搭載することで、サンプリングや電流と電圧の変換をさらに高精度かつ高速で実行でき、その結果、リアルタイム・シグナル・チェーンの全体的なレイテンシを短縮できます。

 図 2:データ・センターに配置した無停電電源 (UPS) の高性能ドライバ

高速過渡応答

サーバー向け電源アプリケーションは、負荷条件が変化を続ける中でも、高い安定性と信頼性を確保して動作する必要があります。そのために、高速過渡応答が必須です。いくつかの制御方式を採用すると、高速過渡応答を実現できます。そのような方式の 1 つを、C2000 と GaN 採用、CCM トーテムポール PFC と電流モード LLC を使用した 1kW のリファレンス・デザインに示します。このデザインは、高速過渡応答を提示することを意図したものです (現時点で目標のスルーレートは、2.5A/μs ~ 5A/μs に近い水準です)。リアルタイム・マイコンを採用すると、高速処理によって、センシングからアクチュエーション (操作や働きかけ) までのレイテンシを大幅に短縮できます。この場合の高速処理とは、高い CPU 周波数や MIPS、ペリフェラル・レジスタへの迅速なアクセス、割り込みへの高速応答、最適化済みの制御コード命令セット、リアルタイム・シグナル・チェーンを土台としたハードウェアの緊密な結合などによって定義されます。さらに、アンダーシュートやオーバーシュートを制限している状況で CPU を使用せずに故障または障害を検出することを目的とした専用ロジック (パルス幅変調 [PWM] とコンパレータ) も使用されます。


高い電力密度

図 3 に示すように、DC/DC コンバータは多くの場合、システム・コストの削減に加え、DOSA (Distributed-Power Open Standards Alliance:分散型電源向けオープン規格団体) のような規制機関の規格に適合できるように、電力容量の増加と占有面積の小型化を求められています (目標は、業界標準のブリック・サイズに比べて 1/32 の大きさ、つまり 0.69 平方インチ = 4.45 平方 cm の面積に小型化することです)。小型フォーム・ファクタを使用する場合、ヒートシンクなしで放熱能力を高めることが課題になります。また、スイッチング周波数の高速化と設計サイズの縮小のために GaN (窒化ガリウム) や SiC (シリコン・カーバイド) のようなワイド・バンドギャップ・パワー・デバイスを採用することで、事態がさらに複雑化する可能性もあります。固有のアーキテクチャとオンチップ算術エンハンサ (能力強化機能) を採用しているリアルタイム・マイコンは、処理能力が高いので、時間要件の厳しい複雑なデータ計算を実行できます。高い処理能力が利用できる場合は、追加の計算能力を確保し、ノイズの積極的な低減のような他の機能や、その応用である電磁干渉 (EMI) フィルタを搭載することもできます。EMI フィルタは、ホワイト・ペーパー『電力密度を高めるためのトレードオフとテクノロジに関する理解』で説明している多くのソリューションのうちの 1 つです。さらに、PWM とコンパレータ用のカスタマイズ済みモジュール (コア処理素子以外の追加機能) は、高分解能、ブランキング・ウィンドウ、遅延型トリップ、ピーク電流モード制御向けのスロープ補償、構成可能なロジック・ブロックなどの機能を備えているため、処理能力をさらに強化できます。

 図 3:フォーム・ファクタ小型化のトレンドが生じている DC/DC コンバータ


リアルタイム・マイコンを活用して必要な処理能力を確保する方法

現在の高性能電源システムを効果的に強化することが、コントローラの差別化につながります。TI の各種リアルタイム・マイコンには、デュアル・メモリ・アクセス、シングルサイクルのディタミニスティック (確定的な) 実行、8 フェーズの並列パイプライン・バス、優れたメモリ実行スループット、効率的なアクセラレータ、統合型メモリ・マップといった特長があります。一部のリアルタイム・マイコンは、コプロセッサやマルチコア・サポートを採用しており、フレキシブルな方法で電源システムを実装するのに役立つほか、セキュリティ、診断、適応型アルゴリズム、ハウルキーピング (維持管理) タスクなどを実装する余裕があります。詳細な情報については、アプリケーション・ノート『Real-Time Benchmarks Showcasing C2000 Control MCU’s Optimized Signal Chain』 (英語) をご覧ください。


まとめ

複雑な制御アルゴリズムを採用すると、電源システムで低 THD、高い電力密度と高い効率、高速過渡応答を実現できますが、実際に実装しようとする場合には、単純な計算能力やコントローラの高速な MHz 速度だけでなく、他の要件も関係してきます。性能を定義するうえでは、センシングからアクチュエーション (操作や働きかけ) までのタイミングも重要です。そのため、高い CPU 性能を採用してレイテンシを大幅に短縮し、フレキシブルな PWM を採用するほか、高速で高精度のセンシングを実行できる専用設計を採用したリアルタイム・マイコンは、現在のシステム全体のニーズを満たすだけなく、将来に向けたスケーラブルなソリューションにも対応できます。

参考情報:
+TI の電源供給のページで、産業用パワー・デリバリ (電力供給) アプリケーション固有の設計リソース、対話型ブロック図、各種デバイスをご覧ください
+"Real-Time Control Reference Guide" (英語) 

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※上記の記事はこちらの技術記事(2022年10月6日)より翻訳転載されました。
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