デバイスの静止電流、つまり IQ は、持続血糖値測定器 (continuous blood glucose monitors:CGM) など、低消費電力でエネルギー効率の高い最終製品にとって重要な1つのパラメータです。軽負荷時または無負荷時に IC が引き込む電流は、スタンバイ モードでの消費電力やシステムの合計動作時間に対して大きな影響を及ぼします。
バッテリからの電力供給負荷は、実際は常時オンになっているわけではなく、パルス幅変調 (PWM) の負荷です。つまり、図 1 に示すように、負荷には tPWM と tStandby という 2 つの期間があります。合計負荷サイクル (図 1 の T) のうち、tStandby が最大 99.9% を占める状況でも、効率、特に軽負荷効率を向上させることは重要です。
図 1:バッテリ システムの負荷条件
効率を向上し、バッテリ動作時間を延長するためには、スタンバイ モードの消費電力を低減すること、電流スパイクを制限すること、パルスがオンである期間を表すデューティ サイクルを小さくすることが課題です。低 IQ の昇圧コンバータは、バッテリの全体的な消費電力を削減するのに役立ちます。
全体の効率向上のために低 IQ の昇圧コンバータを選定
CGM を例として、バッテリ動作時間を延長するうえで IQ の最小化がなぜ重要なのかを説明します。図 2 に、ある CGM のパワー ブロックを示します。糖濃度を読み取るための 1 個のセンサ、糖の読み取り値をキャプチャするための 1 個のトランスミッタ、通信と表示用の 1 個のワイヤレス レシーバがあります。トランスミッタは、1 個のコイン電池、昇圧コンバータ、アナログ フロント エンド (図 3) で構成されており、最も多くの電力を消費します。
図2:CGM の電源アーキテクチャ
図3:CGM トランスミッタの電源アーキテクチャ
図 4 に、アナログ フロント エンドの負荷電流を示します。ご覧のように、トランスミッタは 99% の時間はスタンバイ モードになっています。
図 4:CGM トランスミッタの時間軸に沿った電流消費量
式 1 で、1 回の負荷サイクルの間にバッテリから供給される合計電力を計算します。
式1
IQ を低減すると、スタンバイ モードでの効率を向上させることができます。
TI の昇圧コンバータである TPS61299 は、VOUT からわずか 95nA の IQ しか消費しません。その結果、CGM の典型的なスタンバイ条件下 (VIN = 3.0V、VOUT = 3.3V、スタンバイ IOUT = 10μA) で、効率を 39% 向上させることが可能です (図 5)。パルスがオンである期間は負荷が 30mA に達し、これが 288 秒の負荷サイクルのうち 600ms にわたって続きます。そこから換算すると、1 日あたり 2.53W という多くの電力を節約できることになります。スタンバイ モードでのこの効率向上により、最終的にバッテリ動作時間を 20% 延長することができます。
図 5:TPS61299 と、IQ が 600nA であるデバイスの効率曲線
バッテリからの放電電流を制限
エネルギー密度が高く、放電量の小さいコイン電池は、バッテリとして非常に広く採用されていますが、その主な短所は等価直列抵抗 (ESR) が大きいことと、電流供給能力に制限があることです。PWM 負荷アプリケーションの場合、デューティ サイクルは小さく、大電流のパルスが大きな突入電流スパイクに加わります。これらは放電電流よりもずっと大きく、バッテリ容量とバッテリ動作時間に悪影響を及ぼします。特に、スーパーキャパシタを使用している場合には、影響が顕著です。同様に、バッテリの経年劣化が進むと ESR が大きくなり、電流スパイクによる消費電力もそれに応じて増加します。
図 6 に示すように、バッテリ容量は放電電流に反比例し、バッテリ動作時間は容量と比例関係にあります。放電電流を 500mA から 100mA へと小さくすると、バッテリ動作時間が 2 倍に延びます。
TPS61299 昇圧コンバータ ファミリは、入力電流制限を 5mA ~ 1.5A の範囲に設定したバリエーション製品が入手可能で、パルスがオンの期間の放電電流を高精度で制限することにより、バッテリ動作時間の延長に役立ちます。
図 6:バッテリ動作時間と放電電流の対比
過渡応答時間が高速なデバイスを選定
負荷のパルスがオンの幅 (期間) を短縮して、合計消費電力を低減すると、バッテリ動作時間を延長することができます。
図 7 に、スマートウォッチの LED に関するサイクルごとの負荷条件を示します。PWM 負荷は過渡期間 (ttran) とサンプリング期間 (tsample) の2 つの期間にまたがっています。ttran は、負荷電流または電源電圧に突然の変化が生じた後、昇圧コンバータが安定化を行ってどれほど迅速に元のターゲット出力電圧に復帰できるかを示します。tsample は、フォトダイオードのセトリング後に発生する一定の長さの期間です。
ttran を短縮すると、PWM 期間 (tPWM) を大幅に狭め、引き換えにブランキング期間 (tBLANK) を広げて、低 IQ の動作状態を延長することができます。図 8 に示すように、サイクル期間が 250μs であり、tsample が 10μs であるときに、ttran を 100μs から 10μs に短縮できると仮定すると、tBLANK を 140μs から 230μs へ延長することができます。
図 7:従来の PWM 負荷
図 8:高速過渡性能の PWM 負荷
tBLANK の期間に高効率を達成できるように IQ を低く維持することと、ttran を短縮することが、常に難題となります。低 IQ デバイスは常に、応答時間が長いと不利な影響を受けます。これは、非常に小さい IQ で内部の寄生コンデンサを再充電することが難しいからです。
しかし、TPS61299 は広い帯域幅を活用し、より高速な応答時間を達成することができます。たとえば、図 9 に示すように、3.6V 入力、5V 出力の条件下で、出力電流を 0mA から 200mA に増やす際の標準セトリング タイムは 8μs です。
図 9:TPS61299 の過渡波形
まとめ
TPS61299 昇圧コンバータは、設計者がバッテリの合計消費電力を低減するうえで、非常に効果的な 3 つの方法を同時に統合しています。
- 全体の効率向上のために低 IQ の昇圧コンバータを選定。
- バッテリからの放電電流を制限。
- 過渡応答時間が高速なデバイスを選定。
特に、昇圧コンバータの効率の向上と電力損失の低減は、バッテリ アプリケーションで引き続きトレンドになる可能性があります。一方、 RDS(on)の低減と制御ループの最適化も、バッテリ動作時間の延長に寄与する可能性があります。
参考情報
- アプリケーション ノート『スマートウォッチ アプリケーションにおける、過渡性能が高速な TPS61299 の利点(英語)』をダウンロードできます。